メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

パトラッシュが駆ける!

一瞬の敵 

2017年04月22日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

斜め向かいの座席に、男が座った。
その風体に、つい目が行ってしまう。
私と同じ種族、つまり、おっさんだからだ。
彼を鏡とし、我が身を振り返るという、参考事例の意味がある。

身だしなみが、清潔で、姿勢もいい。
あれは、女にもてるだろうな……
羨望を抱きつつ、見る例がある。
しかし私には、真似できないだろうな……
素質が違うのだからと、諦めてしまう例もある。

逆もある。
髪が不精ったらしく、伸びている。
上着がよれよれで、靴も履き古している。
ああいう風には、なるまいぞ……という、自戒を新たにすることもある。

向かい男は、そのどちらでもない。
身なりも何も、可もなく不可もなくであり、
そこに批評に値するものがない。
平々凡々たるところ、さながら、この私を、鏡に映すようなものだ。

彼もまた、私を見ている。
そのまま、目が合った。
その目を逸らさない。
やな感じだ。
人をじろじろ見やがって……
こちらも敢えて、逃げないでいる。

にらみ合うわけではない。
しかし、視線が互いに、からみ合っている。
そこに意地のようなものが、生まれつつある。
ここで目をそむけたら、負けだ。
近親憎悪のような、ものかもしれない。
これが女性や、若者相手であったなら、
こうまで張り合うことは、ないであろう。
似た者同士、引くに引けなくなっている。

 * * *

昔、知人の代理で、些細な民事事件に、関わったことがある。
相手方の、弁護士事務所へと赴いた。
「だったら、裁判をなされば、いいじゃないですか」
私が意見を述べたのに対し、突然、弁護士が言った。
「何故、そうしないのですか?」
たたみ込むように言い、私の目を覗き込んだ。
挑むような目であった。
私がたじろぐのを、待っているかのように、そのまま目を逸らさない。
ああ、弁護士とは、こう言う風に、目を用いるのかと思った。

話し合いでは決着せず、やがて、調停へと移行した。
東京家庭裁判所の、調停室に、私は知人と共に座していた。
入って来た調停委員は、弁護士であるそうで、その横には、
家裁の調査員も居た。
素人の私が、知人の付き添いで、調停室に入ることを、
許可してくれたのはいい。
しかし彼は、こいつは何者だ……と言う目で、私を見た。

ここでも、私の目を見たまま、その視線を離さない。
また来たな……
五秒、十秒、遂に耐えきれなくなり、私は会釈して、顔を伏せた。
相手は、依怙地になっている。
そのまま私が、張り合っていれば、どうなっていたか……
私の任務は、にらみ合いに勝つことではない。
余計なトラブルを起こし、調停委員の心証を害するのは、得策でない。
この際は、相手の顔を立て、実を取ることにした。

三回に渡る、協議の結果、私達は、まずまずの解決を得た。
全てが終り、私と知人は、エレベーターに乗った。
遅れて、件の、調停委員が乗り込んで来た。
「お世話になりました」
「ご苦労様です」
もう、あの人を射るような目ではない。
愛想の良い、弁護士の顔がそこにあった。
「お名刺を頂けますか」
私の求めに対し、一旦胸のポケットを探ったものの、
思い直したように、その手を戻した。
「職務上、お教えすることは、出来ないのです」
エレベーターが地上階に着き、そこで別れた。


ここから、見えて来たものがある。
「相手の目を覗き込む」「相手が目を逸らすのを待つ」
それらは、弁護士が、相手を追い詰める際の、
テクニックの一つであろう。
弁護士ばかりでない。
警察官や検察官、つまり法曹に関わる、すべての人が用いる、
方法なのではあるまいか。

何かで尋問を受けたなら、その時こそ私は、目を逸らさないでおこう。
と心に期しつつ、幸い、そういう事態には、至らないでいる。

 * * * 

古い話である。
将棋の升田幸三九段と、大山康晴元名人は、多年に渡り、
名人位を争う、ライバルであった。
木見金治郎九段門下の、先輩と後輩でもあった。
しかし、性格の違いもあってだろう、二人の仲はよくなかった。

ある対局の前であった。
と言うより、二人の対局は、大方こんな風であったらしい。
升田九段は、大山名人の顔を、無遠慮に眺めている。
一方の大山は、視線を合わさない。
扇子や湯飲みなど、身辺の小道具の整頓に、余念がない。

升田が挑発し、大山が避けているように、見えなくもない。
戦う以前に、その気合において、差があるようにも見える。
しかし、終わってみれば……大山の快勝であった。

その棋風から「剛の升田」に対し「柔の大山」と称されたりもした。
独創性に富み、気合を重んじる、升田将棋の方が、
ファンの人気度において、はるかに優っていた。
しかし、勝負は別であった。
対戦成績、タイトル獲得数において、大山が勝り、
生涯、升田を凌駕していた。

ここから、見えて来るものがある。
気合いだけで、将棋は勝てない。
相手を睨み回しただけで、優位に立てたと思ったら、
それは大間違いだ。
闘志とは、目が全てではない。
むしろ、相手から、見えないところにある。
升田の露骨な挑発を、柳に風と受け流しつつ、大山は、
その胸の中で、なお一層の闘志を、燃やしていたのではあるまいか。

 * * *

ばかばかしい。
視線を合わせ続けたところで、それが何になる。
私は、男の背後の、車窓に目を移した。

新宿の、高層ビル群が見え始めた。
それが、春の日に、輝いている。
一句出来ないか……
私は、手帳とペンを取り出した。
しかし、出来ない。

こうなったら、男の観察でもやってやろう。
丸い眼鏡に、帽子はハンチング。
逆三角形の顔を、おむすび風に描いたら、漫画として、面白かろう。
中肉中背。
腕力なら、私と五分でありそうだ。
なんてことを、手帳に書いていた。
私には、メモを取るクセがある。
これが後日、ものを書く時に、役立つことがある。

そうしたら、どうだ。
男が手帳を取り出した。
そして、何かを書いている。
時折、私の方を見る。
なんて奴だ。
私に遺恨でもあるかのように、何処までも、張り合っている。



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

表現の基本です

パトラッシュさん

Reiさん、
観察は大事です。
相手が人間であっても、自然であっても……

実年齢を……
それは、正しく特技ですね。
今度お会いした時に、試してみましょう。(笑)
店員などを相手に……

2017/04/23 12:01:58

人間観察

Reiさん

私も、人間を見るのが好きです。
特に女性だと、「この人は私より年上かしら?」という基準で見るようになりました。

若作りしていても、実年齢を言い当てる・・・なんて、変な特技があります(^^;)

2017/04/23 09:42:41

微視より巨視で

パトラッシュさん

喜美さん、
そうですよね。
じろじろ見られて、いい気はしません。
眼の使い方にも、その人柄が出たりします。
さりげなく……これがよろしいようです。
なに着ていたなんて、私だって、まったく覚えておりません。
大まかに見る。
それでよろしいのでは、ないでしょうか。

2017/04/22 15:09:30

喜美さん

食入る様に見る そんなの嫌ですね
体中なめるように見る人も居ます
私はお喋りしてその方が わかる様で
別れて何着ていらしたかそれもろくに覚えてていません もう少し見てないと駄目でしょうね

2017/04/22 14:25:07

良席です

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
睨みはどうやら、二階席正面辺りに、焦点を持って行くようです。
二階席最前列は、天皇陛下が観劇される時に、座られます。
役者と正対する感じになる。
正に、その通りです。

2017/04/22 13:55:00

芸の力は大したもので

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
菊之助の女形は、(玉三郎もそうですが)なまじの女性よりも、ずっと女っぽい。
「ぞくぞく」は、大いにあることです。

2017/04/22 13:48:07

眼福の一つ

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
菊五郎と目が合うなんて、滅多にあることでは、ありません。
舞台から客席は、意外によく見えているとも聞きます。
そこに、目を惹きつける人が居た。
それが、シシーマニアさん、貴女だったということでは、ないでしょうか。

2017/04/22 13:45:00

そうですね!

シシーマニアさん

反らす、と書き誤りましたね、二度も・・。

今ならきっと、菊之助の方に軍配が上がるでしょうね。

二階席の中央一列目に座っていた時(たまたま一席だけ売れ残っていました)です。
海老蔵襲名直前の新之助が、あの大きな目を見開いてまっすぐこちら(界隈)を睨んだときも、金縛りにあった気分でした・・。

2017/04/22 12:25:31

菊之助なら・・

吾喰楽さん

私も、直ぐに視線を逸らします。
相手が女性なら、話は別です。(笑)

先日、スッポンの菊之助と目が合いました。
勿論、そのときは、目を逸らしません。
彼はといえば、目は動かさず、体の向きを変えました。
変な趣味はありませんが、ゾクゾクしたのを思い出しました。

葉桜の千鳥ヶ淵にて

2017/04/22 12:03:06

菊五郎なら・・

シシーマニアさん

視線が合う、事はありますが、大抵すぐ反らしてしまいます。

私の場合、反らさないのは歌舞伎の舞台で、演じていない役者さんと目が合うとき。

菊五郎の舞台は、それを期待して、よく前の方の席に座ったのが、とても懐かしいです。

2017/04/22 10:48:07

PR







上部へ