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パトラッシュが駆ける!

銚子は国のとっぱずれ 

2017年05月27日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

私の友人に、一風変わった男がいて、その名を山靴という。
その彼が「汚い店を選べ」と言った。

見知らぬ町で、飲食店を選ぶには、これが、コツなのだそうだ。
「汚いが、しかし、客の入っている店」と続けば、なるほど、
理屈が通っている。
逆説であり、いかにも彼らしい、発想ではある。
店に客が居る。
それは、味が良いからに、他ならない。

逆に、構えのきれいな店は、客がその外観に、
惑わされている可能性がある。
特に、観光地だ。
客のほとんどが、一見さんだから、その味を、確かめようもない。
結局は、外形で判断するよりない。
華美な店が、好まれることになる。

私は、先ほどから、銚子の町を歩いている。
千葉県の東の際涯(はて)にある、漁業で有名な町である。
天保の頃の俳人、古張庵さんが、この町について、
一句を残している。
「ほととぎず 銚子は国の とっぱずれ」
気分がよく出ている。

九十九里浜と鹿島灘、二つの大きな曲線の、交わるところ、
太平洋に突き出るように、銚子半島がある。
その突出感、それが「とっぱずれ」なのであろう。
江戸からは、遠かったであろう。
今だって、電車を乗り継ぎ、都心から三時間かかる。

風は強いが、海は穏やかであり、白波一つ立っていない。
いや、海ではなかった。
まだ、利根川の末流であり、対岸は遠くて、容易に見通せない。
銚子とは、徳利の意味であり、この太い流れのことである。

私は、この川に沿い、歩いている。
目的があるわけではない。
ただなんとなく、太平洋の見えるところまで、
行こうと思っている。

私は、実を言えば、こういう、目的の定かでない、旅が好きなのだ。
観光バスに乗り、定められた名所を巡り、ガイドの説明を聞く。
お仕着せのツアーが、好きでない。
妻に誘われ、家庭平和のために、やむを得ず行く。
私にとっての、ツアーとは、そのくらいのものだ。

岸壁が、延々と続いている。
船はたくさん、係留されているが、荷下ろしを行っている形跡はない。
倉庫を思われる、大きな建物が、連なっている。
製氷工場が、至るところにあり、外部に突き出たコンベアから、
水が滴っていたりする。

いわゆる観光地ではない。
川や橋、漁船などに、観光的要素が、なくもない、というだけだ。
観光バスも、止まっていない。
銚子には、ポートタワーや、犬吠岬灯台など、見どころは他に、
いくらでもある。
漁港なんぞ、通りすがりに、車窓から見て、それで十分ということもある。

正午が近い。
銚子は、魚の町である。
どうせなら、美味い魚を食べたいと思っていた。
この町で、ハンバーガーや牛丼を食うやつの、気が知れない。

しかしながら、見かける飲食店の、どこもかしこもが、私には、気に入らない。
店頭に、派手な立て看板が見える。
一見さんを、誘い込もうと言う、魂胆であろう。
その手に乗るものか……
私は、なおも歩いて行った。
川と海の、交わる光景を、見ようと思っている。
しかし、それが一向に現れない。

 * * *

河口近くに、古びた店があり、看板に「食堂」とあった。
簡素な造りであり、これをレストランとは言わない。
割烹とはほど遠く、小料理屋でもなく、正に食堂というよりない。
店の中から、不可解な音がする。
引戸を開けると、老婆が一人、金づちを手に、立て看板を叩いていた。
「こんちはー」
大声を出したら、やっと私の方へ向き直り、にっと笑った。
「風で、看板が壊れてしまって……」
その修理中だったと見える。
客は居ない。
老婆の他に、誰一人居ない。

「いいですか?」
「………」
「やってますか?」
「はーい」
耳が遠いらしい。
返事が来るまで、しばしの間がある。

私は、ここにおいて、山靴の言葉を思い出した。
外形は、確かに汚い。
それは合格として、しかし、店主は鈍重だ。
そして、昼時だというのに、客の姿がない。
これを、どう見るか……である。

しかしながら、私はもう、上がり框に腰掛けてしまっている。
今さら「また来ます」とは、言いづらい。
「おすすめセット」と言うのを、頼んだ。
「刺身と揚げ物、両方食べたい人におすすめ」と書いてある。

女将さん、厨房に入り、支度を始めた。
テレビがあり「徹子の部屋」なんていうのをやっている。
しかし、旅に出てまで、誰がそんなものを、見るものか。
私は、窓外に広がる、河口風景を眺めていた。
遥かに、風力発電の風車が、ゆっくりと回っている。

戸が開いて、客らしきが、一人来た。
これが女将さんに、輪をかけた老婆だ。
「老婆は一日にして成らず」という。
二人合わせたら、一体何年かかって、出来上がるだろうか……
なんてことを、つい、考えてしまう。

「先生、ちょっとお待ちください」
女将が厨房から、客に向かい言った。
二人はどうやら、師弟であるらしい。
今流行の、俳句であろうか。
それとも、絵であろうか。
三味線、清元、義太夫など、音曲ではたぶん、ないだろう。
あの耳の遠さでは、どうにもなるまい。

「おすすめ定食」とは、驚くなかれ、大変なボリュームだ。
刺身もフライも、その量が多い。
飯茶碗は、小さな丼くらいあり、そこにしっかりと、
飯が満たされている。
ビールもまた、大瓶しかない。
ここにおいて、ようやくわかった。
ここは、観光客の来る店ではない。
漁業、港湾関係の男達、つまり、肉体労働に従事する人々の、
腹を満たすための店なのである。

フライは三種。
カキ、エビ、イワシ。
これがいずれも大きい。
さて……とテーブルを見回していたら、あちらの席から、
先刻のおばあさんが、声をかけて来た。
「それです。それがソースですよ」
どうやら、彼女は彼女で、見慣れない客である、私の動向を、
じっと観察していたらしい。

味は悪くない。
フライも刺身も、立派なものだ。
何処に出しても、引けは取らない。
味噌汁も、出汁が効いていて、うまい。
胡瓜の糠漬けもいい。
よく漬かっている。
牛蒡のささがきを、甘辛く煮たのもいい。

不満と言うものがない。
あるとすれば、それは、人だ。
私は、地元民と、少しはお喋りをしたかった。
「今日の漁は、どうでした?」
聞きたいけれど、相手は、高齢のご婦人二人だ。
「さあ、わかんねえ」で終りだろう。

千六百円を払い、店を出た。
定食が千円、ビールが六百円ということになる。
山靴の説は、ほぼ当たっている。
味はよかった。
値段も安い。
しかし、地元の皆さんとの、歓談には至らなかった。

私は、気を取り直し、再び太平洋を目指し、歩き始めた。
ビールと丼飯で膨れた、腹が少し重い。



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続編があります

パトラッシュさん

漫歩さん、
ぬれ煎餅、買いました。
次のブログにて、土産物大量買い込みの模様を、お伝えします。

鰯料理専門店、駅前通りの「上地」だったかな?
これも閉店していましたね。
さびしいです。

2017/05/31 20:43:29

千葉県にようこそ

漫歩さん

とっぱずれの土産に濡れ煎餅を買って呉れましたか。お話に無かったから見過ごしましたね。(笑)
銚子電鉄倒産の危機を救った煎餅なのです。

以前、岸壁の裏通りに鰯料理専門の狭い店が有ったのですが消えてしまいました。今は鰯が食いたくなると九十九里に行きます。

2017/05/31 16:06:02

港町ひとり旅は

パトラッシュさん

彩々さん、
これが、高倉健なら、絵になるのでしょうが、
しょぼくれたおじさんなので、映画にはなりません。
ただ、気分だけは、健さんのつもりに、なっております。
「不器用ですから」
なんて小声でつぶやきながら……

2017/05/28 20:12:14

旅は気ままがいいですね

パトラッシュさん

プラチナさん、

行きあたりばったり、これこそが、旅の真髄だと思います。
地図をみていると、次々に、興味が湧いて来ます。
綿密な計画は、むしろ邪魔になります。

2017/05/28 20:07:52

映画のシーン

彩々さん

海の香り、波の音、そしてパトさんが
踏みしめ歩く足音、お味噌汁のにおいまで
漂ってくるようです。

なんか、イイですねぇ。

男の一人旅。

2017/05/28 19:30:22

老爺も一日にして成らず

プラチナさん

パトラッシュさん、当ても無い陽気次第の気ままな旅、好いですね。
当方、季節の開花情報を探りながら、天気に合わせてのドライブが好きで、途中、地図(ナビでなく)を見ながら史跡・名勝に立ち寄るなど、小さな旅を時々楽しんでいます。

2017/05/28 14:38:40

「食」は、人生の基本

パトラッシュさん

喜美さん、
本日は横浜で、兄弟会でしたか。
それは、楽しい一日でしたね。

喜美さん、銚子まで行く必要はありません。
久里浜は魚が新鮮で、豊富なところです。
刺身、天ぷらの材料は、よりどり見取りでしょう。

出来上がったら、写真に撮り、ギャラリーに載せてくれませんかねえ……
それを見ながら、ビールを飲みますから。(笑)

2017/05/27 18:32:13

兄弟会

喜美さん

今日は中華街で ご馳走になり
満腹で戻りました 綺麗に並べて美味しいものばかりのコースでした

其れが今パトさんの読ませて頂き そうだ
私やっぱり食べたい物は刺身と揚げ物だ 急に胃袋までその気になって満腹も半減しました 明日はお刺身にしよう 鯵 鰯 鮪 と色々考えています
銚子まで行かず此処で我慢です

2017/05/27 18:18:12

おお……

パトラッシュさん

みさきさん、
そうでしたか、とっぱずれで、愛を確かめ合ったのですね。
あそこには、白い灯台があります。
旦那さん、戌年ではないでしょうか。
「I love you」と、みさきさんに向かい、叫びませんでしたか。
それで「犬吠埼」となったという説があります。(ありません)

普段、摂取カロリーを抑えている私が、つい完食してしまいました。
美味しかった。
もったいなかった。
飯を残すような、軟な男と、あの老婆らに、思われたくなかった。
以上の三点が、原因です。

2017/05/27 14:18:34

名古屋ライフをお楽しみ下さい

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
岬めぐりとは、いいですね。
山における、峠と同じく、岬を境に、がらりと風景が変わることがあります。
あれが楽しいです。

そう、名古屋は、日本海にも近いのですね。
(東京からだと、手近な海は、太平洋に決まってしまいますが)
名古屋は、何処へ行くにも、便利なところです。
木曽などの、山にも近くて。

2017/05/27 13:25:30

漁港

パトラッシュさん

澪つくしさん、
私は、東海道の旅の途上で、大磯を通過しながら、漁港には寄れませんでした。
惜しまれます。
次の機会には、是非その「めしや」さんに、寄りたいと思います。
大磯だけに、大急ぎで食べて下さい。
なんてことは、言われないでしょうね。(笑)

「澪つくし」は、かつて、銚子を舞台にした、朝ドラとなりました。
銚子の町を歩きながら、澪さんを思い出しておりましたよ。

2017/05/27 13:17:03

なるほど

パトラッシュさん

COSMOSさん、
言い得て妙です。
私なんか、生まれてこの方、外れっ放しです。
それで、銚子の町が、好きなのかもしれません。

2017/05/27 13:11:08

圧倒のボリューム

みさきさん

そのとっぱずれで婚約したばっかりに、
対岸まで飛ばされたのは誰だったか(笑)

飾らない漁師の町の食堂の、それにしても見事なボリューム! これを完食のパトラッシュ様の胃袋にも脱帽です。

2017/05/27 12:42:47

美味しそう・・。

シシーマニアさん

一頃、週末と言えば、岬巡りをしていました。

子供達が育って、暇をもてあました初老夫婦の、ささやかな楽しみでした。

海に囲まれている場所なら、何処でも良い、という感じで、色々回りました・・。

当地は、大平洋沿いですが、日本海もこんなに近いとは思って居ませんでした。

日本列島の、くびれ、ですものね。

2017/05/27 10:17:44

漁港の食堂

澪つくしさん

我が町の漁港にも有るんですよ!

その名も「めしや」って言うんですが、
兎に角〜その定食の量たるや半端ないです!

決して小食じゃない私ですが、二人前はあろうかと!

たま〜に行きますが、残しては勿体ないので
必ずパックに詰めて、お持ち帰りです♪

漁港の前ですから・・・
不味いわけはありません!

いつも混んでます♪

2017/05/27 09:53:27

犬吠埼灯台

COSMOSさん

歌の下手な人の事を「犬吠埼灯台」と言いました。おわかりかと思いますが共に「銚子ぱずれ」です。

2017/05/27 09:19:35

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