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パトラッシュが駆ける!

旅の誘い 

2017年09月30日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

芝居であろうが、落語であろうが、誘われたら私は、
これを断らないようにしている。
今の私には、幸いに、ヒマがある。
売るほどにある。

金物店を辞めて、六年が経った。
辞めてよかった。
友人からの、誘いに対し、何時でも、気軽に応じられる。
と言ったら、妻が反論をした。
「店をやっている時だって、あなたは、気軽だったじゃない」
そのとばっちりを受けたのは、私ですよと、こう言いたいのであろう。

確かにそうだ。
妻に店を任せ「ちょいとそこまで」を、やることが多かった。
ちょいと囲碁を打ち、ちょいと釣りに行き、ちょいと飲みに行った。
「あの遊び人めが……」
近隣の商店主からは、さぞ、白い目で、見られていたであろう。

しかし、その遊蕩のお蔭で、現在の私がある。
リタイアしたものの、目的がなく、ヒマを持て余す、
元商店主が少なくない中で、私だけは、やることがいっぱいある。
私の晩年は、若い頃に撒いた、道楽の種が芽を吹き、成長し、
大変楽しいものになっている。

とは言うものの、その私でも、歳には勝てない。
遊び仲間は、年々減っている。
病に倒れたり、死んだ者も居る。
何人かで、つるんで、事を行う、会を催すなんてことが、
難しくなっている。

仕方ない。
誘いがないなら、こちらから誘おう。
それがダメなら、一人ででも、出かけよう。
断固として、出かける。
人間、家に籠っていては、だめだ。
外の空気、それも人の集まるところのそれに、触れねばならない。
外気を体内に、入れねばならない。
そうしないと、内側から、カビが生えてしまう。
内側、つまり、人間の心である。

私の場合の外気とは、芝居であり、落語である。
映画のこともある。
音楽もある。
美術館へ行くこともある。

もう一つあった。
肝心なものを忘れていた。
旅である。
これもまた、私が生きて行く上で、欠かすことの出来ない外気だ。

 * * *

ナカさんから、メールが届いた。
郡上八幡のK屋に行き、一泊しませんかと書いてある。
幸便とは、このことだ。
この誘いを、私はひそかに、待っていた。

私は九年前に、一人で岐阜県下を旅し、郡上八幡の町を訪れている。
その際に、K屋に泊まった。
そこは、民宿ながら、その料理の美味いこと、
下手な料亭も顔負けであった。
女将さんが、またいい。
その気配りたるや、出過ぎず、控え過ぎず、痒いところに、
手の届くようであった。

私は、昨年出版した拙著に「ここに宿あり」と題して、
そのK屋での、一部始終を書いた。
私は実質本位の男であり、旅の宿を求めるに際し、大旅館を避けている。
宿の経営者や、その家族との語らいが出来る、そう言う宿を探すから、
勢い、民宿や小旅館が多くなる。

「金澤のK屋」「木曽の妻籠の民宿K」「郡上八幡のK屋」……
偶然、その名にKが付く。
この三Kこそ、私の好みの宿の三傑である。
旅の都合により、泊まるのではなく、泊まることを目的に、
わざわざ出かけて行く。
そういう宿だと思っている。

共通点は、地元の食材を生かした、その料理の美味なること。
そして、経営者とその家族の、その人となりに、魅力のあることだ。
偶然ながら、その内の二宿には、客の集う、大きな居間があり、
そこに囲炉裏がある。
その火の傍らで飲む、地酒の、美味からぬはずがない。

私はすぐさま、ナカさんに応諾のメールを返した。
ナカさん指定の、その二日間には、既に予定が入っていたが、
この際、是非もない。
それぞれ断るつもりだ。
仮に、金物店を経営していたとしても、私は、店なんぞ臨時休業にして、
出かけるであろう。

 * * *

ナカさんとは、私の出版した本が、縁を結ぶ形で、知り合った。
だから、その付き合いは、まだ一年に満たず、お会いしたのも、
たったの一度きりだ。
名古屋に住むナカさんが、私と碁を打ちたいとおっしゃり、
上京のついでに、私の囲碁サロンを、訪ねて下さった。
去年の秋のことである。

碁は、六段のナカさんに、四段の私が、二子を置き、結果は一勝一敗であった。
いずれ、雌雄を決しようということに、なっている。
私の一勝は、ナカさんの油断によるもので、真剣勝負になったなら、
私に勝ち目は、ないのではないかと思っている。

それでもいい。
碁を打って、酒を飲む。
それがまた、楽しみだ。
NHKのアナウンサーであったナカさんは、その現役時代に、
各地の放送局を、転勤して回っている。
当然のように、人脈も広い。
知識も該博だ。
その多彩な話題の前に、私は多分、聞き役に徹することになるだろう。
それでもいい。
こんな機会は、滅多にあるものではない。

K屋の女将、多美子さんからも、メールが来た。
「不思議な成り行きですが……お待ち申し上げております」
本当に不思議な縁だ。
私とナカさんを、引き合わせてくれたのは、彼女なのである。

私は、上梓が成るや、すかさずK屋に、著書を送っている。
文中に登場してもらった、宿とその女将に、敬意を表するのは当然だ。
その本を、多美子さんが、ナカさんに見せた。
「こんな風に、書かれましたのよ」
きっと笑いながら、言ったであろう。
二人には、客と女将としての、長い付き合いがある。

何やら、三角関係のように、見えなくもない。
しかし、私とお二人を結ぶ線は、あるかなきかの如くに細く、
お二人を結ぶ線は太い。
比肩するべくもない。
私は、今度の再会において、二人の間に埋没しないよう、
何とか存在感を示したいと思っている。

 * * *

ふと思い付いて、妻に声をかけた。
「一緒に行くかい?」
「でも……」
返事を渋っている。
「郡上八幡って、どんな町なの?」
「水の町だ。川があり、町の至るところに、水が流れている」
「………」
「城がある。昔ながらの、町並みがある。それから鮎が美味い」
「………」

行きたいのは山々なれど、他人と同行してまでは……
というところであろう。
無理強いすることではない。
私は、一人でも行く。
幸いに、ヒマはある。
売るほどにある。



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そうでしたか

パトラッシュさん

漫歩さん、
奥様が亡くなられていたのでしたか。
それは、お力落としの日々だったでしょうね。

私の場合、自活能力のない男なので、妻が居なくなったことを、想像しただけで、暗然としてしまいます。

漫歩さん、よく立ち直って、旅にお出になりました。
旅には、人間をリフレッシュさせてくれる、力があると思います。
これからも、どしどしお続け下さい。

郡上八幡、いい町です。
今から、楽しみにしております。

2017/10/01 18:28:32

旅は楽し

漫歩さん

「外気を体内に、入れねばならない。そうしない  と、内側から、カビが生えてしまう」。

読んで、我が意を得たりと思いました。

リタイヤして5年後、ドライブ旅行の相棒だった妻に急逝されガックリした家籠りの日々から立ち直らせたのは、パトラッシュさんのこの言葉とほぼ同じ思ひだったのです。
ある日突如といて涌いた天の声でした。

その後気儘な独りドライブを楽しんでいます。

郡上八幡には2度行きました。初めは相棒と、2度
目は独りで。
風情のある佳い城下街ですね。

♪ 郡上のな 八幡出て行く時は 
  雨も降らぬに 袖しぼる

どうぞ、よい旅を〜。

2017/10/01 12:09:00

行きたくないわけは、ないのですが

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
妻は、肩が凝ると思ったのでは、ないでしょうか。
あくびも、おおっぴらに出来ませんものね。

改めて、二人で行くことになりそうです。

2017/09/30 20:06:09

先の話ですが

パトラッシュさん

みさきさん、
拙文をお読み下さり、ありがとうございます。
本に取り上げたところを、再び訪れる。
これがほんとの「本望」です。

さて、現地でどうなりますやら……
いずれ、当ブログに、レポートしたいと思っております。

2017/09/30 20:03:03

一度聞いたら、忘れられない地名です

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
名古屋からは、近いと思います。
今回も、名古屋駅で待ち合わせ、ナカさんが、車を運転し、連れて行ってくれるそうです。

助手席で、運転手任せだと、道を覚えませんね。
私はもう、運転をやらないので、一際それを感じております。

2017/09/30 20:00:04

郡上八幡

吾喰楽さん

こんばんは。

奥様は、賢明な判断をなさりましたね。
夫婦で旅をなさるのなら、ナカさんは、お邪魔虫ですよ。
でも、誘ってはみたものの、断られて、ほっとなさったのでは。
そして、郡上八幡で、K屋の女将を交え、楽しい一時を過ごす。
近日、何処かにアップする旅日記を、楽しみにしています。

2017/09/30 19:42:05

楽しみですね。

みさきさん

郡上八幡、お料理のおいしいお宿のお話を、今、読み返して参りました。
そうですか、またいらっしゃるのですね。ご計画にすっかり心弾んでいらっしゃるご様子、では、旅の名文のお土産を待ちましょう。<(_ _)>

2017/09/30 13:35:34

郡上八幡

シシーマニアさん

近くまで、いらしていたのですね。

地名に記憶があります。

私は当地に転居して以来、近隣を随分遊び回りましたが、大抵は助手席に座りっぱなしで、殆ど土地勘がありません。

カーナビ嫌いの主人の横で、時折地図を見ながら「道の駅」を探したりすると、やはり記憶に残ります。

手探りで、探すのが旅の楽しさの一つですね。
郡上八幡は、名前の響きが良いので憶えています。

2017/09/30 10:00:39

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