メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

パトラッシュが駆ける!

ツアーの人々 (上) 

2017年10月14日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

箸を取り、蕎麦を手繰ろうとする、その瞬間であった。
ツアーの全員が会食する、その末席に連なる女性が、
添乗員の桂子さんに向かい、声を荒げた。

「まったくもう、カギをかけられ、閉め出されてしまったのよ」
また彼女だ。
困った人だ。
先ほどの悶着を、またしても言い募っている。
よほど、腹に据えかねるのであろう、誰彼かまわず、
言わずに居られないようだ。

彼女、体格がいい。
その、やや曲がっている腰をのばしたら、身長は、
あの和田アキ子さんに、匹敵するのではあるまいか。
体重は、これはもう明らかに、アキ子さんに勝っている。
歳は取っても、矍鑠たる女丈夫……
ということが出来るだろう。

テレビで見る、和田アキ子さんも、歯に衣を着せぬところがあるけれど、
こちらのアキ子老嬢は、さらに直言を辞さない。
「お手洗いに行って、戻ったらもう、バスにはカギがかかっていて、
入れないのよ」
不運が重なった。
折悪しく、雨であった。
運転手にしてみれば、添乗員を含め、乗客の全員が、戸隠神社への、
参拝に向かったと思っただろう。
トイレだけで、戻って来る客が、居るとは思わなかった。
だから、バスをロックし、安心して、喫煙所にでも、向かったのであろう。

アキ子嬢、戻って来た運転手に、さぞ、悪態をついたのでは、
あるまいか。
それだけでは足りず、今度は、添乗員をつかまえ、難詰している。
声が大きいから、店中に響く。
ツアー客、と言っても、彼女を除けば十人だが、箸を持つ手を止め、
この成り行きを見ている。

戸隠神社に詣でた後、戸隠蕎麦を食べる。
これが楽しみであった。
そこに、水を差された感がある。
食卓で、罵り声を聞くのは、気分のよいものではない。
しかしながら、こちらまで、その巻き添えを食らうのは、まっぴらご免だ。
私は、素知らぬ顔して、蕎麦を啜り、天ぷらを食べ、ビールを飲んだ。
美味い。
さすがに、本場の蕎麦だ。

 * * *

昨日の午後、私達ツアー客一同は、越後湯沢駅で、バスを降り、
列車へと乗り換えた。
三両編成の、貸切列車であった。
その名を「越乃Shu*Kura」号。
Shuは酒、Kuraは蔵を意味している。
窓が大きいのは、展望列車であるからだ。

三時間ほどかけて、新潟県南部を横断し、日本海側に出る。
その間に、越後の山野を眺めながら、利き酒をやる。
という趣向だ。
利き酒と称し、つまりは、新潟の地酒を、飲み放題ということになる。
さぞかし、飲兵衛が、このツアーに集まるだろうと思われた。

ところが、出発地の新宿で、バスに乗ってみたら、乗客は僅かに十数人。
車内はガラガラに、空いていた。
妻に誘われ、この「利き酒」につられ、ツアーに加わった私は、拍子抜けした。
「ツアー料金が、高いせいよ」
妻が説明した。
一泊四食付、三万五千円。
確かに、安くはない。
二人で七万円。
妻が、これを出した。

彼女に最近、思いがけぬ、臨時収入があった。
だから、行く気になった。
私は本来、ツアーと言うものが、好きではない。
三万五千円あったら、同じ新潟でも、三泊四日くらいの旅が出来る。
もちろん、安宿に泊まってだが。

しかし、それを言っては、身もふたもない。
家庭平和のためにも、年に一度くらい、妻の誘いに応じようと思っている。

展望車では、その椅子が、窓に向かい配置してある。
即ち、車窓の風景と、正面から向き合うことになる。
対峙という言葉が、ぴったりする。
刈取り前の稲穂が、秋の日を浴び、輝いている。
遠くに、山が見える。
近くに森が見える。
川を渡る。
人家が点在する。
何処にでもある、農村風景ではある。
しかしながら、正対することにより、同じ風景に対し、こうも、
親しみが増すものか。
さながら、幼児が、初めて列車に乗った時のような、感動を得ている。

「私、日本酒が好きなもので、だから、このツアーに申し込んだの」
屈託のない、笑顔で話していたのが、アキ子嬢であった。
たまたま、私達の、隣の車窓に来たのである。
二号車に、サービスカウンターがあり、そこで、酒を提供している。
「鶴亀」を初めとする、越後の地酒、五種類が置いてあり、
もちろん無料である。

アキ子老嬢は、列車に乗り込むや否や、そのカウンターに向かった。
そして、五種類の試飲酒をトレーに載せ、自席に戻って来るや、
これを次々に、飲み比べ始めた。
負けてなるものか。
私も、直ちに追随した。

試飲グラスには、五勺ほどの酒が入っている。
これを五種。
ということは、二合五勺。
これを二回やったから、つまりは五合。
これを、三時間の間に、飲んだことになる。
普段の私は、こんなには飲まない。
旅は人を変える。
少し、卑しくなる。
しかし、大酔するわけではない。
心身ともに、しっかりとしている。

柏崎から、列車が、海辺に出た。
薄暮の日本海に沿って行く。
海はもう、灰色にかすんでいて、空との境目も、定かではない。

青海川駅に、停車した。
「日本で一番、海に近い駅」だそうだ。
貸切だから、もちろん乗降客は居ない。
足下に迫る日本海を、たっぷりとご観覧あれ……という、
鉄道会社とツアー会社の、気配りであろう。
そもそもが、急ぐ旅ではないのである。
急行なら、二時間もかかるまいところを、わざわざ三時間かけて行く。
そういう、酔狂な旅である。

私と妻は、ホームに降り、渡線橋を渡り、反対側ホームに行った。
この方が、さらによく、海が見える。
ホームの下を、なるほど波が洗っている。
この光景を、見ない手はない。

しかし、乗客の多くは、と言っても、僅かの十数人なのだが、降りて来ない。
既にして、酔っているのかもしれない。
足腰が弱く、渡線橋など、渡りたくないのかもしれない。

アキ子嬢もその一人。
シートに身を横たえ、身じろぎもしない。
大らかに飲酒をし、そして眠る。
そこに、頓着というものが、見えない。
顔を隠すでもない。
鼾こそ聞こえないが、熟睡しているに違いない。

フリルが幾層にも付いた、ロングスカートの裾が乱れている。
原宿辺りで見かける、少女のような風体だ。
少女の心のままに、老女になった。
そんな女性に、見えなくもない。

                   (次号に続く)



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

礼は言っておりません

パトラッシュさん

漫歩さん、
酒で釣り、費用も出さないことには、ツアーきらいの亭主が、同行を拒むとでも、思ったのかもしれません。
私の方は、どんなツアーでも(男子禁制でない限り)女房孝行のために、応じるつもりでおりました。

まあ、予想以上に楽しめたことは、確かです。

2017/10/15 16:59:39

愉快な旅でした

パトラッシュさん

彩々さん、
彼女がこのブログを見たら、怒るかもしれません。
「和田アキ子になんか、似ていませんっ」って。

お互いに、名前も住所も知らないので、多分、大丈夫でしょう。(笑)

私も最初、関西の女性かなと思いました。
しかし、聞いてみたら、東北の人でした。
こういう女性、何処の地方にも、居るのかもしれません。

2017/10/15 16:55:17

豪華なツアー

漫歩さん

続編を楽しんでからコメントします。

それにしても、日本酒好きな御亭主を思う奥様の豪華な心遣いには感じ入りました。

最低でも「散財させちゃったな、愉しかったよ、有難う!」位は言ってあげたでしょうね。


ギャラリーの拙作への拍手、有難うございました。

2017/10/15 15:52:00

ツアー人々(2)も楽しみ

彩々さん

パトさんご夫妻が行かれたツアーに
アキ子嬢のような人がいらっしゃる
風景よりそちらに目が行ってしまいますね

>原宿辺りで見かける、少女のような風体だ。

こうしてブログを読ませていただく者にも
‘どんな女性だろう?’と、興味を抱かせる
って、そのご本人が知ると、きっと喜ばれる
でしょうね。
自己主張ありきのこんなおば様、関西には
大勢いらっしゃいますが。
(私も、関西のおばちゃんですが)

2017/10/15 14:38:09

家庭平和のために……

パトラッシュさん

喜美さん、
ツアーは、気楽です。
あれこれ、思い煩う必要がない。
個人旅行より、安い値段で、一流旅館にも泊まれる。
流行るわけです。

私の場合は、独自の旅への考えがあり、一人旅を基本としております。
しかしながら、ツアー好きの妻のために、年に一二度は、彼女の申し出に、応じるようにしております。

海外はツアー、さしもの私も、これに異論はありません。(一人旅、無理ですから)(笑)

2017/10/14 16:20:55

新そばの季節

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
戸隠蕎麦、美味しいことは確かでしたが、ではとび抜けて……とは、参りませんでした。
隣の客は「少し期待外れかな……」と漏らしていました。
きっと、通なのでしょうね。
各地の名店を渡り歩いているとすると、評価が辛くなり、戸隠の看板だけでは、感激しないのかもしれません。

新そばの季節ですね。
秩父には、是非行きたいと思っております。
I庵の蕎麦を食べないことには、一年が終わらない……
そんな感じになって来ました。

2017/10/14 16:15:27

蕎麦店の密集地帯でした

パトラッシュさん

澪つくしさん、
さすがに本場だけあって、戸隠には、蕎麦店が、至る所にありました。
そして、軒並みに、流行っている。
中には、空席待ちの客まで居る。
これには、驚きました。
私の食べた店も、まあまあの味でした。

香川県は、讃岐うどんの名所ですが、それでも、一カ所に、あれほど集まるということは、なかったです。

老嬢、面白いキャラクターでした。
きっと、自分に正直な人なのでしょう。
次号において、もう少し、書いてみます。

2017/10/14 16:07:05

存分に楽しんで来て下さい

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
私は、ツアー嫌いではありますが、外国の旅となると、嫌いも何も、言って居られませんね。
言葉も出来ない。右も左もわからない。
ツアーと言う名の、大船に乗り、添乗員と言う名の、船頭さんに、身を任せるより、ないようです。

スペインですか……
楽しそうですね。

2017/10/14 15:58:47

ツアー

喜美さん

私はツアー好きです
自分で考えなくても必ず名所は行くし
其処の美味しいもの食べさせてくれますから 値段でも違うかな

海外旅行は観光会社と主人が色々決めて お仲間誘いました 10年くらい
続きましたお友達も大体同じ人達でした 広告は出しませんから
私は付いて行くだけ 色々見たり本まで買って調べて行ったのに今みんな忘れてしまいました

2017/10/14 12:19:01

思い出

吾喰楽さん

魚津へ単身赴任していた頃のことです。

水芭蕉の季節に、妻と戸隠蕎麦を食べた思い出があります。
直ぐ席に座れましたが、それからが長かったです。
待った甲斐がある、美味しさでした。

ところが、その少し後、週末に帰宅するとき、ICの近くで食べた蕎麦の不味いこと。
幟旗に誘われたのですが、単なる食堂でした。

秩父の新蕎麦、昨年に続き11月3日が、営業再開のようです。
今年も如何ですか?

2017/10/14 11:32:34

戸隠蕎麦

澪つくしさん

私はお蕎麦には詳しくありませんが・・・

以前、戸隠神社の門前で食べたお蕎麦は
大変に美味しかった記憶があります。
季節の天ぷらの盛り合わせも絶品でした。

蕎麦打ちがガラス越しに見えるお店で、
私が今までで食べたお蕎麦では、一番
美味しかった様に思います(^^♪


和田アキ子似の老嬢の人間観察、面白く
詠ませて頂きました。

まるで私も傍で見ているように錯覚するほど!

さすがパト(師匠)さんですd(^-^)ネ!

次号が楽しみですm(__)m

2017/10/14 10:36:14

ツァー旅行

シシーマニアさん

来年、ツァーに参加してスペインへ行こうかと考えています。

初めてのツァーです。
余りツァーには参加されない師匠の体験記。
次回の、結論orオチ(?)を楽しみにしています。

2017/10/14 09:37:40

PR







上部へ