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パトラッシュが駆ける!

ツアーの人々(下) 

2017年10月21日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

彼女、秋田県の出身であり、今も実兄が、大曲市において、
割烹旅館を経営しているそうだ。
「秋田弁が、出ませんね」
「そりゃそうよ、もう何十年も前に、東京に出て来てしまっているから」
「ツアーには、よく加わるんで?」
「毎月よ」
「じゃあ、慣れたもんですね」
「安いツアーはだめね。旅館も食事もありきたりで。
旅はお金をかけなくちゃ……」

この辺が、私のポリシーとは違う。
旅の価値なんか、金で決まるものではない。
しかし、それを言ったって、始まらないだろう。
そもそも私は、ツアーなるものを、旅とは認めていない。
では、何なのか。
私はツアーを「娯楽」の一つだと思っている。
旅と称するからには、そこに多少なりとも、乗り越えるべき、
労苦ががあらねばいけない。

彼女、陰険な人物ではない。
声が大きく、その思うところを率直に言う。
それは、自他に対し、正直であるとも言える。

「秋田へは、ええ、年に一度は帰ります。兄嫁が、良く出来た人で、
私のために、何時でも泊まれるように、一部屋空けておいて、
くれるんです」
「そりゃあ、いい。帰れる故郷を持ってるってことは、幸せなことだ」
「父が理解のある人で、私を東京に出してくれたんです。
お前の好きなように、生きろって」
「………」
アキ子さんは、その若き日を語り、そこで一旦、酒を含み、
それからしばし、無言になった。
私も黙っている。
何の因果か知らないが、旅先で一風変わった女性と、隣り合わせになった。
その出自を聞き、現住の地を聞いた。
それだけのことである。

その語る中に、ご亭主のことは、一言も出なかった。
子供も、そして、孫もである。
ここから、想像されることがある。
「あの人、結婚はしなかったのよ」
後で、妻が言った。
いくらボンクラの私でも、そのくらいのことは、わかる。

彼女、二日目の朝には、衣裳をすっかり替えていた。
イヤリングを替え、靴を替え、パーティにでも、出るような、襞の多い、
ロングスカートを穿いていた。
道理で、一泊のツアーに、大きなカートを、引いて来たわけである。

そして、その衣裳で、雨の駐車場に取り残された。
私のような、粗衣とは違う。
その顔にだって、入念な塗装が施され、私のような素顔とは違う。
彼女の怒りも、少しは、理解してやらねばならない。

 * * *

二日目の朝、添乗員の桂子さんから、報告があった。
その顔が曇っている。
「Tさんのご一家が、ツアーから、離脱されました」
私は気付かなかったが、昨宵、ホテルに、救急車が来たのだそうだ。
Tさん一家は、老夫婦にその娘と孫、三世代四人で、ツアーに参加していた。
「おじいさんが、上越市内の病院に、入院されました。
客室内の段差で転び、動けなくなったそうです」
そういえば、常に歩みの遅い、老夫婦であった。
病み上がりであったとか。
全快したので、その祝いに、子と孫をサポートに頼み、
ツアーに加わったらしい。

人生は、まことに予測しがたい。
楽しかるべきツアーに加わり、運命が暗転する。
他人事ではない。
私にだって、何時降りかかるか、知れたものではない。

現に、昨夜だって、苦しくなった。
夜中に、息絶えるのではないかと思った。
但し、私の場合は、原因がはっきりしている。
飲み過ぎ、そして、食い過ぎである。
ホテルの夕食が、あまりにも美味かった。
刺身がいい、天ぷらもいい、焼き魚もいける……
生ビールをお代りし、眼前に並べられた料理を、ことごとく食べ尽くした。
這う這うの体で、客室に戻った。
そのまま、布団に転がり込み、しばらく、人事不省に陥っていた。

その頃であろう、Tさんが運ばれて行ったのは。
私は幸運であった。
彼は、不運であった。
その差は、紙一重であるように思われる。

こういうハプニングが起きる。
添乗員と言うのも、大変な職業だ。
何事も起きなければいい。
一旦緩急あったその時は、即座に対応を求められる。

わがままな客がいる。
集合時間に遅れ、平気の平左の客がいる。
その度に、善処を求められる。
ストレスに強い人でないと、務まるまい。
気の短い私には、とても無理だ。
私が、尊敬しつつも、この手にはとても、負えない職業というのがある。
それが看護師であり、介護士であり、ツアーの添乗員である。

 * * *

帰路のバスは、少しさびしいことになった。
五十人は乗れるであろうバスに、元々、十五人しか乗っていなかった。
そこから、四人が、リタイアしてしまっている。

「この立派なバスに、十人ねえ……」
帰路に寄った、リンゴ園のおばちゃんが、呆れていた。
「いや、十一人だよ」
言ってやりたかったが、黙っていた。
一人増やしたところで、おばちゃんの感慨を、覆すことは出来ない。

もっと甚だしい例がある。
昨日は、三両編成の列車の乗客が、我々十五人だけであった。
「赤字だろうな」
皆で、言い合ったものだ。

しかし、我々乗客に罪はない。
責められるべきは、集客に失敗した、旅行会社だ。
クラブツーリズム。
この業界では、大手であるらしい。
その営業努力も空しく、三両の列車に、十五人しか集まらなかった。

「値段が高いからよ」
妻が言う。
ツアーの皆さんも、口々に言う。
言いつつ、その当人らが、ツアーに加わっている。
私だけが、納得している。

考えても見給え。
列車を借り切り、越後の山河を眺めつつ、地酒を嗜む。
特異な列車であるからだろう、沿線の人々が、こちらを見、
手を振ってくれる。
さながらVIPになったような、気分だ。
それらを考えたら、安い。
こんな贅沢な、娯楽があってもいい。

この企画、まだ緒に付いたばかりらしい。
私の予想では、きっと人気が出る。
雪の季節も、また、いいだろう。
その頃に、また来てみたい。
願わくば、妻に臨時収入のあらんことを……だが。



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和気藹々と

パトラッシュさん

喜美さん、
あの世に持っては行けません。
お金は、自分のために使いましょう。
ツアーも楽しいですよ。
喜美さんのように、人格円満の方は、きっと、お仲間も出来るでしょう。
単調な日常を離れ、旅路に遊ぶのは、精神衛生にも、とても良いこと思われます。

2017/10/21 15:07:33

楽しい

喜美さん

ツアーは此れは此れで楽しいでしょう
私は色々考えるよりツアーがやっぱり好きです 稲庭うどんも其処で食べてから 取り寄せています
お友達も出来ますよ 毎日行くわけでもないでしょうし あの世まで持って行かれないお金です使いましょう

2017/10/21 14:40:53

豪華もいいけれど……

パトラッシュさん

漫歩さん、
人間ほど興味深い、鑑賞対象は、ないと思います。
ツアー参加者も、所詮は、この世の縮図ですね。
いろいろな人が居ます。
風景もさることながら、それらを眺めているだけで、退屈しません。

ハイクラス向けのツアーは、しょっちゅうは出来ませんが、たまには、殿様気分を味わえて、よいかと思いました。
但し、何かの幸運でもないと、加われません。
棚ボタは、そうそう続かないものでして……

2017/10/21 13:24:00

豪華ツアーは流行る傾向

漫歩さん

超豪華なハイクラス向けのツアーだったことを除けば、私が経験したバスツアー客の人間模様とそこから受けた感想を、パトラッシュさんも触れておられて、にやにゃしながら読ませて戴きました。

私がツアーの客になるのは浮世の義理が殆どなので、目的地や宿泊先を含めて何も期待しません。
ただ同乗客それぞれの行動には興味がありますし、たまたまの会話で意気投合する方がいたりするおまけもあります。

愉しく読ませて戴きました。

次の奥様の臨時収入を期待して〜。

2017/10/21 10:00:50

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