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たかが一人、されど一人

読後感「呪いの時代」内田樹著(新潮文庫) 

2017年11月17日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

若干発行が昔の本ではあるが、それでも東北大震災以降のことだから、現代の世相と大きな違いは無い。著者は現代の世相全体に満足できないところがあって、雑誌「新潮45」に連載した随筆を「呪詛の時代」の形で括ったわけである。氏は神戸女学院の教授でもあるので若い学生に語りかけるのが専門の筈。ご本人は万人に分かり易く書いているつもりだろうが、内容が高尚のせいか、少し難しい気がしないでもない。内容を宣伝文句から引用すると「アイデンティティーの崩壊、政治の危機、対米戦略、ネット社会の病理そして未曾有の震災…。注目の思想家・武道家が、身体に即して問い他者への祝福を鍵に現代を論じる、今を生きる人びとへの贈り物。」とあるがその通りだ。指摘はいずれも同感するばかり。例えば「社会的地位が高く、名誉も威信もあると見える人でも、・・・・自分は十分な尊敬を受けていない、と思えば、どんな偉い人でも恨みがましい人間になる。」これは、総理大臣になっても不幸そうに見えた安倍晋三氏について書かれたもの。さらに安倍氏の唱える「戦後レジームからの脱却」について、自己幻想の病根の深さとまでこき下ろしているので痛快ともいえる。更に、普段若い人に接しているだけに、若い人に対しても結構厳しい。特に現代人に見られる自分本位の結婚観を批判するところなんぞは我が意を得たりと共感しなくもない。著者が言う現代の日本では、自分のことを棚に上げて他人を呪う人間が増えている、はその通りだと思う。その理由は多々あって、丁寧な説明がなされているが、結局のところ、戦後の傾向として、万般に亘り物事のけじめが無くなってきていることを指摘している。そしてその原因が、先の大戦のケジメ即ち総括がなされないままアメリカ文化を受け入れてしまったことにあると断言している。これも全く同感だが、まてよ!この理屈は最近どこかで聞いた気がする。そう思ってあとがきを読んで納得した。内田家は4代前が庄内藩士、3代前が会津藩士の遺児(養子に入った)、賊軍ど真ん中の家系と明かしている。本文は専ら明治以降を論じたが、戊辰戦争の総括無しに明治国家が生まれたのも昭和20年の敗戦と同じこと。本当はこの時代の呪いを語りたかったのでは、と改めて思う。

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