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パトラッシュが駆ける!

歌え奏でよ 

2017年11月25日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

K男のやつが、指揮台に上がり、タクトを高く掲げた。
先ずは、ピアノに向かい、小さく前奏を促し、
それからステージに向き直り、タクトを大きく振った。
居並ぶ、六年生全員が、一斉に声を発した。

えらいものだ。
K男が、学年のリーダーをやっている。
思うがままに、合唱を操っている。

これを見ては、もういけない。
私は、最近とみに、涙もろくなっている。
きっと、涙腺が老朽化し、弛緩してしまったのであろう、
出水が容易に止まらない。
その水が、目尻に留まっているうちはいい。
溢れるから、困る。
目尻から頬に伝わり、やがて周辺を水浸しにする。

一〜二年生の頃のK男は、ひ弱であり、泣き虫であった。
碁に負けて泣き、私に注意されては、べそをかいていた。
それが歳と共に、たくましくなった。
泣かなくなった。
囲碁も強くなった。
私の生徒の中で、小学生で、三段まで上ったのは、彼の他にない。

その彼が、二分合唱「地球星歌・笑顔のために」を指揮している。
小さい体を、大きく振り、楽しそうでさえある。
幸いに、観客の父兄の皆さんの目は、ステージに向いている。
誰一人として、来賓席に座る私が、涙しているなどと、思うまい。
それで助かっている。

 * * *

T小の音楽会は、三年に一度、秋の深まった頃に行われる。
私はこの日、万障を繰り合わせ、T小の体育館に行く。
九時に開会し、十二時に終了する。
父兄の皆さんは、自分の子供の出番が終るや、さっさと帰る人もいるけれど、
私は、そういうわけには行かない。

囲碁将棋部の生徒は、三十人ほど居て、当然のように、
全学年に渡っている。
これを、全部見てやらなければならない。
いや、途中退席したって、誰も私を責めたりなどしない。
私は、自らの満足のために、そこに座っている。

各学年とも、器楽の合奏を、巧みにやってのける。
合唱も力強い。
一年生はそれなりに、六年生は、さすがと言うほどに上手い。
ここまで来るには、さぞ練習を重ねたに違いない。

私は、囲碁将棋に関しては、いっぱしの、先生づらをしているけれど、
他のことはからきしだ。
特に音楽が、いけない。
仮に私が、彼らの中に、加わったとする。
合唱の中で、一人音程を外し、周囲の失笑を買うだろう。
いっそ、歌わない方が良い。
私はただ、突っ立って、口をパクパクさせるだけが良いだろう。

器楽だって同じこと。
何とかなりそうなのは、音階のない楽器、それも、カスタネットか、
タンバリンくらいしかない。
それだって怪しいものだ。
私は、酒席での手拍子だって、何時の間にやら、
周囲と違うタイミングで、打っている。
だから、これも、叩く真似だけにし、突っ立っている方がいい。

しかし、不思議なことに、音楽を聞くのは好きだ。
合奏や合唱は、特に好きだ。
チームの和、これを見るのが楽しい。
一糸乱れぬところがいい。
だから、私がT小の音楽会に来るのは、あながち義理ばかりではない。
むしろ楽しみで来ている。

私の座る来賓席は、その横が、生徒の退場路になっている。
出演を終えた生徒らが、一列縦隊でもって、私の横を通り抜けて行く。
各学年に、必ず囲碁将棋部の生徒が居る。
これらを見かけるや、その肩を叩く。
「いいぞ」
「よくやった」
「頑張ったな」
生徒により、これらを使い分け、声をかける。
この時ほど、先生冥利に尽きることはない。

生まれ変わったら、いっそ、本物の教師になってやろうか……
なんてことを、思わないでもない。
いや、だめだ……
すぐに打ち消す。
私のような偏屈者が、教育者なんぞに、なれるわけがない。
癖論を押し付け、生徒を困らせるだけだ。
週に一回、遊びを教えるくらいが、私の身に合っている。

 * * *

最近とみに、些細なことに感激する。
人の顧みない、つまらないことにである。
もしかしたら、これは、私の人生が、窮まって来た、兆しかもしれない。

歩む道が、狭まっている。
雄大な風景は見えない。
路傍に転がる、小さな事象ばかり見ている。
その代わりに、良いこともある。
かつて見過ごしていた些事の中に、価値を見出すことがある。
しばしばある。
時にはそれが、意外に美しかったりする。



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先生冥利

パトラッシュさん

喜美さん、
良いお話ですね。
人間は、長じてからが、真価を問われるところ。
小学校時代に、少々出来が悪くっても、気にすることはありません。

人間の成長に関与する、先生と言うのは、やはり、やりがいのある職業だと思います。

私は、取るに足らない、囲碁将棋の指導者ですが、それでも、先生冥利に尽きることがあります。

2017/11/25 14:14:18

教え子

喜美さん

ご近所に昔先生をしていた方があります その方の自慢話 屋根が何処か悪く大工さんにお願いした時
屋根屋の親方で教え子が来たそうです
目立たない子で落ちこぼれ手前位の子が今は弟子を引き連れて其の手際の良さ 驚いたこと驚いたこと こんなことあるからやはり先生は良い職業だったと 度々話しています

2017/11/25 10:42:14

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