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パトラッシュが駆ける!

耳かき三年 医者二時間 

2017年12月02日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「二時間ほど、お待ち頂くことになります」
「そんなに……」
男が、受付の前に突っ立ち、考えている。
「一時間くらいなら、待てるけどねぇ……」

これに対し、受付の女性は、黙っている。
「特別に、おまけして、一時間にしておきます」
なんてことは、いくら相手が、粘ろうとごねようと、言わない。
「いやなら、お止めなさいな」とも言わない。

医院と患者、その力の差には、歴然たるものがある。
事務員は、一介の若い女性ながら、絶大な医院の力を背景に、
この際の、優位者として、患者に対している。

男は、ぶつぶつ呟きながら、なおも考えている。
彼は、熟考の人だ。
私は、なんの因果か、その熟考者の後ろに、立ってしまった。
医院へのアプローチにおいて、ほんの五歩の差で、
彼に先を越されたからだ。
彼が二時間待ちなら、私は、二時間十分くらい、待つことになるだろう。
こんなことなら、体面など気にせず、駆け出して、その脇を、
すり抜けるのであった。

さて、どうするか……
二時間とは、私だって、考えてしまう。
東京駅を出た新幹線が、間もなく京都に、着こうかという時間だ。
しかし、他に選択肢はない。
この近くに、耳鼻咽喉科の医院は、二院だけ。
そのうちの一軒は、本日休診と聞いている。

ならば、受診を、後日に延ばせばいい。
患者の少なそうな日を、選べばいい。
しかし私は、因果な性分であり、懸案を抱えながらの、
その先延ばしというものが、容易に出来ない。
当面する課題を、片付けてしまわねば、夜もおちおち眠れない。

そして私は、本日、断固たる決意の下に、この医院に来ている。
ここに至るまで、実に、三年もの歳月を要している。
そのくらい、私は医者嫌いなのである。
ここで引き下がると、せっかくの覚悟が、揺らぎかねない。

先客の熟考氏が、しぶしぶ了承した。
「仕方ないな」と言い、待合室の長椅子に、どっかと腰を下ろした。
私の番が来た。
事務員は、同じセリフを言った。
私は「いいです、待ちます」と即答し、熟考氏とは、少し離れた椅子に、
腰を下ろした。
彼と同類に見られるのは、ご免蒙りたい。

私の受付番号は「28」
窓口に表示されている、現在受診中の番号は「13」
ということは、その間に、15人の患者が居る。

 * * *

迷いの日々は、三年前から始まった。
そのうち、医者に行かねばなるまい……
いや、もう少し、様子を見よう……
これの繰り返しであった。

人間には、自然治癒力がある。
きっと治るはずだ。
そもそもが、命にかかわる病気ではない。
耳の奥が、痒いだけだ。

皮膚病の一種なのでは、あるまいか。
しかしながら、指の届かぬ、耳の奥だから困る。
妻に頼み、覗いてもらったけれど、何も見えませんと言う。
そして彼女の決まり文句だ。
「お医者に行きなさいな」
共に暮らすようになってから、これを何百遍、彼女に言われたか、
知れやしない。

私の医者嫌いに対し、彼女は、医者が好きだ。
身体に不調があると、すぐに医院に駆け込む。
ある時、その手持ちの診察券を見せてくれた。
それを積み上げたら、トランプ一組分くらいの厚さになった。
それぞれ、カラフルできれいだ。
これを用いての、ババ抜きくらい、出来るのではなかろうか。

最近とみに、耳の痒みが、ひどくなった。
「痛みや痒みがあるのは、癌じゃない証拠よ」
妻が言う。
「癌」のところに、いやに、力をいれて言う。
これ、私を慰めているように見え、彼女の真意は、別にあるようにも思える。
「もしかしたら、耳癌かもしれないわよ」
私には、こう言っているようにも、聞える。
もしかすると彼女は、頑固亭主を動かすには、逆説や反語を用いた、
陽動作戦こそが有効と、こう考えているのかもしれない。

 * * *

「痒くなったのは、何時からですか?」
医者が聞いた。
「三年前から」と言えば、医者が驚き、のけ反るかもしれない。
「何でそんなに、放置していたのですか」と、私を責めるかもしれない。
「二年ほど前からです」
私は少し、控え目に言った。

「耳かきの際に、皮膚を傷つけたのだと思います。
そこが化膿し、やがて瘡蓋になった。
しかし、そこをまた、掻いたものだから、再び皮膚が濡れ、
余計に痒くなった」
つまりは、悪循環だったと、医者は言いたいようだ。

「掻いてはいけません。
そもそも、耳垢なんか、無理して取ることはないのです。
溜まれば自然に剥離し、出て来ますから」
というけれど、これ、最近の説でなかろうか。
私の小学生時代には、校内で身体各部の検診があり、
耳鼻科の校医から言われた。
「耳垢が溜まってるね。ほら、この通り」
取って見せてくれたそれは、級友の前で、恥ずかしいほどに大きかった。
以来、頻繁に、耳掃除をするようになった。

私に、ヒマがあり過ぎることも、一因であろう。
囲碁サロンに客が居ない時、私はパソコンに向かい、雑文を綴っている。
文辞に窮すると、気分転換に、おのれの身体をいじる。
爪を切る。
鼻糞をほじる。
耳垢を取る。
そういうクセが、付いている。
これが知らず知らずのうちに、己が身体を蝕んでいたことになる。

「お薬、どうしましょう。軟膏を出しておきましょうか」
「お願いします」
「綿棒でもって、軽く塗って下さい。じゃあ、お大事に」
これで終り。
医者に付き物の「また、来週」はなかった。
ということは、もう来なくていいよと、こう言うことだろう。
私はそこを、確かめたりしない。
医者が思い直し「じゃあ、来週に」などと言い出したりしたら、
えらいことになる。

案ずるより産むが易しではないか。
耳癌でも、何でもなかった。
私は、意気揚々と、家路をたどった。
といっても、歩いて僅か三分である。

二時間待ち……これもまた、杞憂であった。
私が、医院の椅子に腰かけていたのは、正味15分ほどであった。
受付さえ済ませれば、あとは、外出自由と、受付の横に書いてあった。
私は、これを見るや、さっさと自宅に戻り、パソコンの前に座った。
飽きると、コタツに入り、うたた寝をした。
そして、目星をつけた時間の、15分前に、再び医院へ行き、
受付に声をかけた。
「28番、ただいま戻りました」
「はい、あとお二人です」
で、首尾よく受診に至った。

私の前に居た男は、どうやら、そのまま、医院に居続けたようだ。
本を読んでいた。
散々渋っていたくせに、その後の彼は、妙に落ち着いていた。
人というのは、わからないものだ。
待合室にて、恬然と二時間を過す。
彼は案外に、人物なのかもしれない。



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遠くの親戚より近くの医院

パトラッシュさん

NOVAさん、
耳の奥に、癌でも出来ていやしないかと、少し心配しました。(医者嫌いのくせに、小心者なのです)
医者からの帰り道は、気分爽快でありました。

二時間あれば、普段読めない本を読むなどの、利用方法もありそうです。
今回は、一時帰宅を許され、家でのんびりしました。

2017/12/04 15:47:44

何事もなく

さん

ようございました。
案ずるよりは産むが易しというやつですね。
病院の2時間の待ち時間、意外と非日常であったりするものです。

2017/12/04 11:09:43

お幸せです

パトラッシュさん

喜美さん、
お嬢さんが、まめになさってくれるので、心強いですね。

私の町には、ほとんどの医療機関が、近くに揃っております。
但し、近くても行きたくないのは、偏に私の、
医者嫌いのせいです。
そのうちに、バチが当たるかもしれません。

2017/12/02 18:28:07

確信犯なので

パトラッシュさん

シシーマニアさんの捻挫も、悪化を免れ、旧に復したようですね。
何よりです。
私の耳も、軽症だったようで、ほっとしております。

医者通いは、やむを得ないとはいえ、実にもう、
非建設的な時間で、考えただけで、憂鬱になります。
私は、これからも、医者嫌いを貫くでしょう。
その結果として、寿命を縮めたとしても、それはそれで、致し方ないと思っております。

2017/12/02 18:24:18

病院

喜美さん

近くて良いですね
私は循環器と肺だけしか見ない病院で此処から遠く この頃は最寄駅まで電車で行き其処から娘に送ってもらいます 帰りは我が家まで娘の車です
診察は10分くらいでしょうか血液取りますから結果が出るまで40分
其れから待ち時間長いです 先生は私より前の画像に写ったことを見て喋るだけ見たいです

2017/12/02 14:59:25

医者嫌い

シシーマニアさん

我が家もそうです。
殆どが、自然治癒で今日までやってきました。

今回捻挫をした時も、病院へ行かない私に、友人達は呆れかえっていました。

でも、この年で病院へ行き始めたら、縁が切れなくなるのでは、という思いもあります。

師匠のケースは、実にハッピーでしたね。

2017/12/02 09:40:56

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