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パトラッシュが駆ける!

蕎麦とベートーヴェン 

2018年02月17日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

私は、知らない町を、ほっつき歩くのが好きだ。
これを気取って「徘徊」などと言ったら、たちまち笑われる。
ああ、あれですね……と言う、その口元に「徘徊老人」の
四文字がちらついている。
私は、呆けてはいない。
己の意志をもって、町をふらついている。
と私自身は、思っているけれど、他人の目と言うのは、
また別のものだ。

途中でつい、足を止め、眺めてしまう店がある。
蕎麦屋、居酒屋、書店の順になる。
私は、蕎麦が好きだ。
そして、外で酒を飲む際は、バーでも料理屋でもなく、
赤提灯へと直行する。
そして書店。
大きな本屋があり、それが賑わっていると、私はたちまち、
その町を好きになる。

一方で、気にならない店舗は、スーパー、コンビニ、
ファミレスということになる。
確かめるべき、何物もない。
さっさと通り過ぎる。
飲食店で言えば、焼き肉店などにも関心がない。
肉は、私の好むところではない。
最近とみに、魚や野菜を選択するようになっている。
これを評し「草食男子に、なりかけている」と言う人も居る。
身近に居る。
そうかもしれない。
「もう六割方、草に埋もれて居ます」と答える。

蕎麦店を見かけると、その店構えから、内情を憶測する。
内情とは即ち、蕎麦の味である。
憶測だけである。
たまたま空腹ならともかく、蕎麦店ごとに、
実地検証を行うわけには行かない。
「いずれ、折あらば」であり、その日に備えての
「瀬踏み」ということになる。

我が町ともなると、蕎麦店は大方、試食し尽くしている。
「美味い」「普通」「さほどでもない」……
くらいのランク付けはなされている。
「不味い」はない。
この私が、不味くて食べられないようだと、その店はそもそも
存続していない。
私は、立ち食いを含め、蕎麦を受容する、その幅が広い。
これを、蕎麦に対し、寛大であるとも言える。

 * * * 

我が町に「名店」と伝えられる蕎麦店が、二軒ある。
実を言えば、この二店共に、私は足を踏み入れていない。
どちらにも共通する、理由がある。

流行っている。
繁盛し過ぎて、入店を待つ客が並んでいる。
待たねばならない。
これが困る。
私には、たかが蕎麦を食べるために、それが三十分であっても、
待つことに、耐えられない。

そしてもう一つ。
両店とも、蕎麦の盛りが少ないと聞いている。
これも困る。
ザルなりセイロなりを、一枚食べたとして、腹が満たされない。
これ、食事とは言えないではないか。
物足らないから、二枚頼む。
それも、おかしな話ではないか。

私は蕎麦を「たかが」と思っている。
大衆の、気軽な食べ物であるべきを、何を気取って……
と言いたくなる。
さながら芸術品のように、崇めてしまってどうするのだ……
という憤りが湧く。
その憤りは、店と共に、その店の客にも向けられる。
芸術化を容認する、あんた方だって、共犯ではないかと。

H庵は、私の家から、歩いて十五分のところにある。
町の蕎麦屋には珍しく、広い駐車場を有している。
車が三十台も入りそうだ。
土一升金一升の都内において、これは珍しいであろう。
遠隔地からも、客が来る。
ということであり、その人気の程が偲ばれる。

しかし、私はへそ曲がりであり、何時でも行けるその店に、
入ったことがない。
「人の行く 裏に道あり 花の山」と言うではないか。
人知れず咲く、裏山の桜こそが、美しいのだと思っている。

ある日、H庵の前を通り過ぎたら、折しも、数人の客が、
入って行くところだった。
戸が開き、店内が見えた。
案外に、空いている。
待ち人の姿も、見えない。
そうか、正午の少し前に来れば、待つこともないのだな……
この店の敷居が、少し低くなった。

 * * *

ある夜のこと、私は、NHKのEテレにて
「クラシック音楽館」を見ていた。
ベートーヴェンの交響曲、第七番が、始まるところであった。
私は、音痴のくせに、何をとち狂ったか、
クラシック音楽を聞くことがある。
大抵は、酔って居る時だ。

冒頭に解説者が言った。
「ベートーヴェンが酔っぱらって、作曲したような曲です」
そしてまた言った。
「曲そのものが、酔っているようでもあります」
へぇ……である。
酔っているのは、この私もだ。
ちょうどいい、そりゃ、面白い。
いい勝負じゃないかと思った。

かつて、七番を聞いた覚えがあるのだが、
何時だったか思い出せない。
五番、六番、九番などなら、酔っていても、
口を突いて出る主旋律が、この曲では出て来ない。
なんていい加減な、リスナーなんだ、お前は……
クラシック音楽なんぞ、語る資格はないぞ……
我が身を責めつつ、それでも、曲を聞いていた。

そうしているうちに、ふと閃いた。
やり直そう……
幸いに、私には、時間がある。
ベートーヴェンの交響曲を、一番から九番まで、もう一度、
聞き直そう。
人生も終盤にかかっている。
思い残すことのないように、楽聖の交響曲くらい、全部聞いて、
あの世へ行こう。

私としては、上出来の決意だったと思う。
しかし、問題はここからだ。
私の発想は、時に、とんでもないところへと、飛び火する。

お前、蕎麦通を気取りながら、地元の著名店も、
知らないではないか。
したり顔で、蕎麦を語る資格なんか、あるのか……
我が身を、責めることになった。
世の中に、反省する者は、数々あれど、
ベートーヴェンの交響曲を聞きながら、
蕎麦屋へ行かねばならぬと、心に期したのは、
多分、私一人であろう。

 * * *

見た目、口当たり、香り、腰、のど越し……
これらが、蕎麦の美味さの要件とされている。
H庵の蕎麦は、全て、申し分なかった。
汁も、辛からず、甘からず、深い味わいがあった。
私がかつて食べた、蕎麦の中でも、トップクラスに入るだろう。
心配した量だって、そりゃ多くはないが、昼餉に十分であった。

H庵の客席からは、中庭が眺められた。
モミジの根元は、苔むしていて、石灯籠が置かれてある。
小粋な盆栽が、さりげなく点在している。
奥には、朱の鳥居の、小さな社(やしろ)まである。

H庵の蕎麦には、人を惹きつけるだけのものがあった。
「食わず嫌い」これを私は、地で行っていたことになる。
無知であった。
蒙昧であった。
おらが町に、世間を驚かすような、大層な店が、
あるはずないと、
地元であるがゆえに、私はH庵を、軽視してしまっていた。
これ、近親憎悪のような、ものかもしれない。

困ったことになった。
「食わず嫌い」は、もう一軒ある。
ここにも、行かねばならぬだろう。
H庵にも“裏を返しに”行かねばならない。
税金の申告もあり、このところ、少し忙しい。
ベートーヴェンも、聞かねばならない。
私は本当は、こんな雑文を書いているヒマはないのだが、
行きがかり上、書かかねばならない、仕儀となっている。
                  (次回に続く)



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淡路便りを待っています

パトラッシュさん

彩々さん、おはようございます。

思うだけなら、誰でも出来る。
問題は、実行に移せるかどうかです。
それも、人生の根幹に関わることとなると、極めて難しい。
それを、苦も無く(のように見える)やってのけてしまった、貴女の英断に、改めて、敬意を表さないわけには、いきません。
人生は一度きり、思った通りに生きるのがいいですね。

私の「蕎麦」も「ベートーヴェン」も、実はたいした問題ではありません。

私はたまたま縁あって、貴女とお知り合いになれたことを、人生の中の、大いなる幸いと思っております。

2018/02/18 08:51:45

膝を打つ

彩々さん

お蕎麦の話からベートーヴェンですか〜。

パトさんの素敵な所は、この意外性が
あり、それも巧みな文章力でも表せる
ことです。
貶し言葉にも愛があるところです。

(何か、上から目線な物言いでm(_ _;)m)

フム、フムと読み進めているうち、
今の自分の心情に近い所に出会うと
「膝を打つ」・「胸にストンと落ちる」と
いう事がありますよね。

>私としては、上出来の決意だったと思う。
しかし、問題はここからだ。
私の発想は、時に、とんでもないところへと、飛び火する。

まさに、思い込みからとんでもない所に
移り住んでいる私メ。

移住から一か月が過ぎ、色々戸惑いが
あるものの、何だかスゴイ勇気を得た
気がします!

思い込みや、こだわりを持ち続けることを
大事にする一方で、それを突き破り、捨て
去るところにまた出会えたり、見えたり
する素晴らしさがあるのでしょう。

私も、このAwajiをほっつき歩いてみます(笑)

2018/02/18 06:24:13

古き良きウィーンは……

パトラッシュさん

シシーマニアさん
そうでしたか。
名所旧跡に、よくあるパターンですね。
40数年と言うのは、長いようで、そのくらいの変化を、苦も無くやってのける年月なのかもしれません。
それにしても、そこでも日本人ですか……
中国人の、爆買い来日を、笑えませんね。

2018/02/17 14:38:45

ベートーヴェンの小径

シシーマニアさん

それが、今は観光化してしまって、コンクリートで固められているし、夏休みは日本人で溢れているとか・・。

まぁ、私のウィーンでも無いのに、嘆くのは筋違いですけれど・・。
留学して居た40数年前は、本当に小川が静かに流れていて、そのほとりの散歩道でしたけれど・・。

2018/02/17 13:49:32

蕎麦道はごめん

パトラッシュさん

漫歩さん、
同意見であります。
蕎麦界に、利休は要りません。

蕎麦室にこもって、正座して食え……なんてことになったら、私は、蕎麦を諦めます。(笑)

2018/02/17 13:43:13

懐かしい

パトラッシュさん

喜美さん、
貴女は、認知なんかじゃ、ありません。
固有名詞の度忘れは、誰にでもあることです。

昔は、LPレコードでしたね。
針音が混ざったりして……
それでも、一所懸命に聞いたのは、音楽に飢えていたからでしょう。
懐かしいです。

2018/02/17 13:36:44

気をもたせすみません

パトラッシュさん

みさきさん、
西荻窪、荻窪在住者なら、誰一人知らない者は居ないであろう、著名な蕎麦屋です。
ご帰国の際は、是非お召し上がり下さい。
そこから、十五分のところにあります。
我が囲碁サロンは。
どうぞ、お立ち寄りを。
次回は、西荻窪の有名店をご紹介します。
蕎麦の写真を載せようかと思ったのですが、みさきさんの目の毒になるかと、懸念し、止めました。(笑)

2018/02/17 13:33:17

なるほど

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
音楽家といえども、交響曲全般に精通しているわけでは、ないのですね。
それを聞いて、安心しました。
私の無知も、それほど、恥じることでは、ないのかもしれません。

ベートーヴェンの小径ですか……
ネーミングはもとより、ロケーションもきっと、よろしいのでしょう。
私は、ベートーヴェンの交響曲から、一曲を選べと言われたら「田園」にするでしょう。

人は皆、遍歴の果てに、生まれ故郷に帰る。
音楽もまた、さすらいの果てに、ベートーヴェンに帰る。
そんなようなものかなぁと、思ったりしています。

2018/02/17 13:26:50

そうです

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
残るは一店、Kです。
先日、これも食べて来ました。
近日中に、その模様をまとめ、UPしたいと思います。

2018/02/17 13:10:27

たかが蕎麦、されど蕎麦

漫歩さん

私も大の蕎麦好きなので納得するところが多かったです。なかでも、
ー 気軽な食べ物であるべきを、何を気取って……と言いたくなる。さながら芸術品のように、崇めてしまってどうするのだ ー。その通りですね。
これは、崇め奉る客のせいです。蕎麦屋の主人を利休のようにしてしまいます。
蕎麦も寿司も江戸の職人が飛び込んで食ったものなのに。

スーパーは、炊事の出来ない私の命を十数年保たしてくれた存在ですから、気にならないなどと言えば罰が当たります。(笑)

2018/02/17 10:54:43

酷いものです

喜美さん

私交響曲も好きで(わからなくても)
良く聞いていました昔は大判のレコードでした 暇さえあれば聞きました
此れ残されても困ると結婚するとき持ってきましたけれどある事情で皆破棄しました今も好きで聞きますけれど
頭に残らないのです 御蕎麦もそうです 好きで美味しいと聞くと直ぐ行きたくなりましたけれどお店の名前全部忘れました 認知の始まり?嫌十分認知かもしれません

2018/02/17 10:22:18

美味しそう♪

みさきさん

いけませんゎ〜。
もう、故郷駅のお蕎麦のにおいが脳内で燻って…、おまけに7番が付いてしまうと、ヨーロッパの田園ではなくて、一面に白い花が揺れる蕎麦畑が浮かんでしまって、結局の所、ツルツルと仕舞い迄来て、アララ、次回に続くですか?
美味しいお蕎麦、一週間のお預け?
続きが楽しみです。

2018/02/17 10:15:27

音楽を生業にしていながら

シシーマニアさん

私は、基本的にオーケストラ作品を聴くのが好きです。
若いときは、ベートーヴェンをよく聴いていました。
時には、毎日同じ曲を・・。

7番は、テレビドラマ「のだめカンタービレ」で、かなり頻繁に登場したので、若い人の間では一気に有名となり、演奏会のプログラムにこの曲を入れると、お客様の入りが違う程だそうですよ。

私も7番は知っていますが、でも全9曲はとても知りません。師匠と同じくらいです。
というのも、若いときに聴きすぎたせいか、ある頃から積極的には聴かなくなりました。
ちょっと、気分的に重い感じがするからでしょう。

只、他の曲がお目当てで行ったコンサートで、時折ベートーヴェンの交響曲を聴くと、純粋に感動して、当初の目的だった曲の印象を、はるかに凌駕する事もしばしばです。

余談ながら、ウィーンを訪ねた際は、必ず田園交響曲を作曲した頃に毎日散歩したといわれる、小川のほとりは訪れます。

小川に沿って建つ住宅の住所は「ベートーベンの小径(Beethoven-gang)」というのをみる度に、一人でわくわくしています。

2018/02/17 09:54:57

蕎麦好き

吾喰楽さん

おはようございます。

蕎麦に対して寛大なのは、私も同じです。
もっとも、食いしん坊な私は、食全体に寛大かも知れません。

H庵の蕎麦、食べてみたいです。
残る西荻の「名店」は、Kでしょうか?

2018/02/17 09:21:13

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