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パトラッシュが駆ける!

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2018年03月04日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

よほど囲碁が、好きなのであろう、
M子は、連日のように、私のサロンへ、やって来る。
一週間に六日、現れたこともある。

何時も、夕方五時過ぎに来る。
私は、六時から散歩に出るよと、言ってある。
その間、僅かな時間しかない。
それでも、碁をやりたい。
文字通り、寸暇を惜しんで、碁を打ちたがる。
こんな生徒は、かつて見たことがない。

平日は、学校の制服のままで来る。
胸にマークがあり、ペン先が二本交叉している。
わが国で、最も歴史の古い、私立大学の、
その末に連なる小学校である。
電車を乗り継ぎ、毎朝一時間かけて、通学している。
大雪の時など、電車が遅延する。
乗客が駅構内にあふれる。
その光景を、テレビで見る度に、私はやきもきする。
あの小さな身体で、この人波の中を、どう進むのだろう……
無事に学校に、辿り着けるだろうか、また、
帰宅が出来るだろうか……
我が子のように、気をもむことになる。

彼女は六歳、まだ、小学一年生だ。
母親はしかし、意外に、冷静でいる。
帰りの電車で、居眠りをし、乗り換え駅を過ぎ、
都内を縦断してしまったことがある。
それでも、駅員に聞き聞き、自力で戻って来たらしい。
その辺の、自助能力に、信頼を置いているのかもしれない。
私が親だったら、とても仕事が、手に付かないであろうが。

九路盤から始め、十三路に進み、今は、戦いを主に教えている。
石と石の競り合い、そして、生き死に、これが肝心だ。
大人の中には、理屈ばかりが先行し、実戦に弱い生徒が居る。
そんな軟弱な碁には、させたくない。

さりとて、力任せの碁でもいけない。
「筋」……これが囲碁では、何より大事だ。
本手、つまり基本に忠実な、手を教えている。

M子と向き合いつつ、目の前に、白い画布を、広げているような、
そんな気分になる。
どう染めようと、私の意のままだ。
しかし、責任もある。
偶然に、私のサロンを見つけ、来たと言うけれど、私には彼女が、
天からの、授かりもののように思える。
「どうだ、染めて見よ」
碁の神様から、託されているような、そんな気分になる。

目鼻立ちが、はっきりしている。
きっと美人になるだろう。
「あたし、プロポーズされちゃったの」
M子が言う。
あっけらかんと言う。
「誰から?」
「同級生の男子」
今時の小学一年生は、こんなことを言う。
いくら何でも、早過ぎるのではなかろうか。

「ねえ先生、先生は、碁をやらない時、何をしてるんですか?」
「そこにパソコンがあるでしょ。あれで文章を書いている」
「書いて、どうするのですか?」
「インターネットに発表する。それから、本にもする」
「本?」
質問は、止まるところを知らない。
「ほら、これだ」
実物を見せてやる方が早い。
しかし、進呈はしない。
いくらM子がませていても、私の文を理解するには、十年早かろう。

「あたし、落語知ってるよ」
「ほう」
「やってみようか」
にわかに言い出した。
私が、時たま寄席へ行くことを、喋ったせいだろう。

「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ 
かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ 
うんらいまつ ふうらいまつ くうねるところにすむところ 
やぶらこうじのぶらこうじ……」
たどたどしいけれど、この長ったらしい名を、確かに言える。
名だけである。
八五郎や、お寺の和尚さんまでは、登場しない。
その会話を、上下(かみしも)切って、やるようになったら、
えらいことになる。

こんな調子だからであろう、サロンで同席する、
大人達の、受けも良い。
指導碁を頼めば、誰もが、快く応じてくれる。
私はその間、楽でいい。
二人の対局を眺めつつ、横で、注釈を垂れていればいい。

「その手は、悪い」
きつく言ったことがあった。
次の瞬間、その顔がゆがみ、目から涙があふれた。
しっかりしているようで、そこは女の子、泣き虫なのである。

妻は、このM子を気に入っていて、すぐに味方をする。
「可哀想よ、優しくして上げなさい」
「だめだ。愛の鞭だ」
私は、頑固先生を貫いている。

「碁石を落すな。しっかり握れ。飲み物をこぼすな。
両手でしっかり、コップを持て」
盤面以外のことにまで、口うるさく言う。
そのせいだろう。
対局前後の挨拶は、大人も顔負けの丁重さで、
言えるようになった。

私は、舞い込んで来た小鳥を、この手で仕込んでいる気になっている。
やがて、飛び立つ日が来るはずだ。
それまでの、付き合いである。



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運命のいたずら

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
碁は、論理的な、戦いのゲームであるとともに、盤上に、競って、図形を描き出すような、感覚的な面もあるのです。
白黒の石が併存し、それがやがて、ぶつかり合い、戦いへと発展する。
そこに、図形的な、興味が湧いたのではないかと、M子に関し、私は想像しております。

多分、天与の才があるだろうことは、同年代の他の生徒と比較し、間違いないと実感しております。

運命のいたずらですね。
こんな生徒と巡り合うことになったのは。
長く生きていると、いろいろな人と巡り合うものです。
たまたま、それが、小学一年生だったわけです。

2018/03/04 20:29:23

六歳で

シシーマニアさん

殆ど毎日碁を打つM子ちゃんは、どんな意識なのでしょうね。

碁とは、勝ち負けがはっきりしているので、その潔さでしょうか・・。

或いは、師匠の持つサロンの空気が、M子ちゃんを引き寄せるのでしょうか・・。

所属する小学校や家庭環境が、意識の高い人揃いなのであろうとは想像がつきますけれど・・。

これを、天賦の才というのでしょうか。


師匠こそ、良い環境にいらっしゃいますね。

2018/03/04 19:47:53

不思議な縁です

パトラッシュさん

漫歩さん、
彼女の親は、ごく普通の顔をしております。
しかし、きっと、人並み優れた、何かを持っているのでしょう。(頭脳とか)
嬉しい半面、責任を感じてもおります。

2018/03/04 14:59:26

親の顔が見たい

漫歩さん

実に魅力的な小学一年生。
手元に置いた師匠は嬉しいでしょうね。

親御さんはどういう育て方をしたのだろうか。興味が涌きました。

2018/03/04 14:24:06

才能

パトラッシュさん

喜美さん、
不思議な子です。
他に面白い遊びが、いくらでもある中で、囲碁がやりたくてたまらない。
こんな生徒は、滅多に居ません。
きっと、天与の才能だと思われます。

2018/03/04 12:29:56

10年後生きているかしら……

パトラッシュさん

みさきさん、
藤井聡太六段は、百年に一人の天才を思われます。
M子は、それほどの器ではあるまい……と思いながらも、もしかすると……とつい欲目が出てしまうのが、師バカのところです。
こんな生徒と巡り合うのですから、人生って面白いですね。

2018/03/04 12:27:28

飛び込んできた雛を

パトラッシュさん

澪つくしさん、
私もせっせと、生徒のために「身を尽くし」ています。
白鷺になるかどうか……
それを、見届けられるかどうか……
甘やかさず、適度に厳しく育てようと思っております。

2018/03/04 12:21:28

育て上げて下さい

喜美さん

6歳で凄い自分の意志で来ていますか賢い子供さん正しく導いてやってください天からの、授かりもののように(私が御願しても変ですけれど)テレビで見ました賢い子どもは初めから違います中学入試で勉強していて休憩は 頭休めますと言いながら
ピアノ10分引いてまた勉強数時間
頭休めにとか縄跳び10分 其れが休憩でした凄い子供もいるものですね
その御嬢さんも同じでしょう

2018/03/04 10:49:26

楽しみですね。

みさきさん

才能のあるお嬢さん、良い指導者とのご縁を得て、どんな風に成長なさるでしょう。話題の棋士藤井聡太さんも、お若いのに将棋の強さだけでなく、受け答えの確かさが素晴らしいと思います。先生をはじめ、囲碁サロンの大人の方達に温かく見守られ、厳しく仕込まれ、M子さんの5年後、10年後が、とても楽しみですね。

2018/03/04 09:01:28

楽しみな才能ですね♪

澪つくしさん

お孫さんの様な歳の生徒さんですね〜!

吸い取り紙(古い表現デスガ)の様に、ぐんぐん
吸収していくお年頃ですからね〜

先生のご指導よろしく、愛の鞭で・・・

いつかきっと、白鷺の様にパトさんの元を
飛び立つ日が来るでしょう♪

その日まで、元気で見届けてくださいね!

2018/03/04 08:58:56

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