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たかが一人、されど一人

大東亜戦争開戦記念日 

2014年12月08日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

土日はブログが面倒に感じて休んでしまった。今後の週末もそうなるだろう。今日は夕方出掛けるので厭なにならないうちに早めに上げる。本日はタイトル通りの開戦記念日、と言っても昨今では特別の感慨を持つ人間はごくごく少数派だろう。今日たまたま、陸軍士官学校の最上級生で終戦を迎えた知人と話をする機会があったので、余程感想を聞こうかと思ったが、態々こちらから持ち出す話題でもなさそうなのでやめておいた。多分89か90歳になる筈で、好々爺ではあるが、全く呆けてはいないし、一回り以上若いこちらが負けそうなくらい矍鑠としている。流石若い時にみっしり体を鍛えている人は土台が違う。こちらが先にあの世に行きそうだ。こちらは日支事変の最中、米英蘭仏との開戦前年の生まれではあるが、育ちが戦後だから戦争については何も知らないに等しい。73年前の今日未明に帝国海軍の連合艦隊がハワイ沖から飛行機の大編隊を発進させて、オアフ島にあった米連合艦隊基地を奇襲攻撃して大戦果を挙げて、大部分の国民が提灯行列でそれを祝ったことぐらいは、物心ついてからの後知恵で知っている。しかし陸軍もマレー半島やフィリピンや香港など、アジア諸国にも一斉に攻撃を開始して1941年末までにはかなり広大な地域を制圧した経緯や成果等は、今でも殆ど知らない。恐らく、今日から大晦日までの短時日の間に、日本軍によって殺された外国の将兵と民間人犠牲者はどのくらいの数に登るのだろう?日本の将兵の犠牲はきっと少ないのだろうが、無かったわけでもあるまい。きっとその御霊は靖国神社に祀られているとでも言うのだろう。日本人の一人としては靖国参拝も結構だが、戦争の犠牲になった世界中の人に、心からの謝罪と冥福を祈りたいと思う。とは言っても、先の大戦については我々の年代に限らず、現代に至るまでその経緯、即ち歴史を教えてもらっていなのが実情だろう。悲しむべきことだと思うが、現在でも地球上に戦争或いは戦争紛いの紛争が絶えず、これがテレビで生に近い形で報道される。ところが、当事者に降りかかっているその悲惨さを、視聴者である我々はどのくらいまともに汲み取ることが出来ているだろうか。想像するに実感の受け止めはゼロに限りなく近いだろう。御岳山噴火の被害者報道にしても同様で、被害者が身内でない限りは本当の悲しみ何か分かる筈が無い。テレビ報道はおろか、学校でも親からも聞いたことの無い戦争なんか、感慨もへったくれもあろう筈が無い。今や定番の観光スポット、真珠湾があるハワイだろうが、マレー半島のシンガポールであろうが、極めてまともなうちの爺さんや父さんたちがある日突然、爆弾や鉄砲、ひょっとすると刀を振り回して現地人を殺しまくったなんてとても信じられないだろう。知っていりゃ、ひょっとすると観光に行くのも躊躇するかもしれないので、知らぬ方が両国親善には好都合かもしれぬ。しかし、歴史は正しく知って上で、大いに親善を図った方が双方にとって気持ちが良いのではなかろうか。国内的に見ても、73年前の今日「これしか道が無い」と開戦に踏み切った当時の指導者の判断基準のどこに間違いがあったのか、語り継ぐ意義が大きいと言えよう。

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