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たかが一人、されど一人
日本の軍隊
2015年03月26日
テーマ:テーマ無し
学齢にも達しない子供の頃、父親は南方に出征中で男気の無い家庭で母や祖母に育てられた。それでも子供心に、兵隊さんがお国のために一所懸命働いてくれていることと、将来はその兵隊さんになってお国の為になる人間になるつもりでいた。誰に依って刷り込まれたのか知らぬが、近所で遊ぶ子供たちの殆どが同じ考え方をしていたと思う。家にあった桜に錨のマークが着いたバックルのベルトに短剣を吊って喜んだりしたものだ。それから数ヵ月も経たないうちに、負ける筈の無かった戦争に負けたことを知らされ非常に残念に思ったこと、それ以上に残念だったのは、日本から兵隊さんが居なくなってしまうらしいと知った時かもしれぬ。出征中の父親なんぞひょっとすると奴隷にされてどこかに連れて行かれ、永遠に会えぬかもしれぬと聞かされた。もう3年間も父親の顔を見ていないので、そう言われてもピンと来なかったのも事実だ。昭和20年8月15日の午後は母も祖母も叔母も大分長いこと涙を流していたが、翌日から生活は又元に戻った。軍隊が無くなるのとことだが、長野にいた兵隊さんは少なかったこともあるのだろう、数ヵ月も経たずに兵隊さんが居なくなったようだ。隣の長野中学に通っているお兄さんが、兵隊さんの駐屯地だった長野商業中学の校庭で拾ってきた銀色に光る拳銃を見せてくれた。兄と二人で初めて拳銃に触ったが、隣のお兄さんが言うには「これからは拳銃など持ち歩くと進駐軍が来て捕まるかもしれない。」と言われたので、緊張したことが思い出される。その後暫くすると、長野でもジープに乗ったアメリカ兵が目につくようになった。彼らが面白がって子供たちにチョコレートやキャンデイをばら撒いている光景もたまに見かけたが、こっちとしては面白くないので、睨みつけたかったが怖いのでそこには近付かないようにしていたものだ。小学校に上がると、最初の頃は遊びの言葉には少し軍隊用語が残っていた(例えば水雷艇は軍艦に勝てないとか)が、何と言っても小学1年生時代から生粋の教育基本法下の民主主義教育だったので、次第に兵隊さんへの憧れや思いは他の事項に変わっていった。小学4年生の頃か、朝鮮で戦争が始まったらしいことは何となく分かった。日本にいるアメリカ兵が前線に出て行くらしいが、残念なことに日本には兵隊さんがいない。既に朝鮮にいた人は全員日本に帰ってきているので、これを知ってもさして心配するようなことはなかったし、未だ子供だったせいもあるだろう殆ど無関心だった。更に数年経つと、日本で警察予備隊なるものが編成されることを知った。大人たちの話を聞いていると、警察より軍隊に近いもので、復員していた元兵隊さん達で編成されるらしい。すると、お母さんが産婆さんで終戦直前に母子でサイパン島から引き揚げてきて、数日我が家に同居し、今は県庁に勤めている元兵隊でもないお兄さんが、県庁を辞めて予備隊に応募した。このお兄さんはしばしば我が家に来ていたが、予備隊の勤務地が滋賀県になったとかで、その後は数回しか会っていない。お父さんを激戦の中で亡くしても、軍隊のようなところに行ってしまったその兄さんの気持ちが未だによく分からない。恐らく県庁職員より高いお給料に引かれて親孝行のつもりで行ったことだろう。大人になってから再び会うことが無かったので分からないが、戦場に行くことだけは無いだろうとの思いもあったのかもしない。最近の安保法制改定関連の報道に接するたびに、あのお兄さんを思い出す。県庁よりも条件良い就職先で、警察をバックアップして国内秩序の維持当たる。それから何十年経ったか分からぬが、それが今や総理大臣や官房長官が誰に憚ることもなく「軍隊」と断言するに至っている。そこまでに育て上げたアメリカ軍からすれば、卒業証書を渡してもいい気分だろう。テロリストの報道につきものは、近隣の国で訓練を受けたことである。確かに日本の自衛隊はアメリカ軍の訓練を相当受けてきたに違いない。卒業証書授与のつもりかどうか知らぬが、米軍のトップが来日とは余程のことだ。ある人に言わせると、アメリカでも戦争の負担や犠牲について国論が喧しいらしい。日本に段々それを肩代わりさせて西太平洋騒乱の際は、西太平洋諸国の軍隊に戦いを担わせ、米軍がこれの後方支援に当たるのだそうだ。イラクやアフガンの図式と同じらしい。後方支援もよく聞くが、小生の考えと米軍の考えていることは正反対かもしれぬ。想像を超える重大な流れが造られつつあり、気が付いている人間も多い筈だが、何故か世論として盛り上がらない。これも政府のマスコミ操作が優れていると言うことなのか。嫌な感じだ。
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