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平成の虚無僧一路の日記

人々を苦しみから救う「生き仏」 

2011年01月10日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



1/10 中日新聞『親鸞』(五木寛之)。
「この世に生き仏などいない」と、“ゲドイン”に
膝まづくことを拒絶する親鸞。ハラハラドキドキする。

現代でも 新興宗教の教祖はたいてい、病を治したり、
摩訶不思議な超常現象を起こして、信者を増やした。

真如苑の霊能もそうだが、私は半信半疑。知識では
「そのようなものは仏法には無い」と思っているが、
現実に さまざまな不思議を体験させてもらっている。

私が初めて虚無僧の旅に出たのは、19歳、昭和42年、
大学2年の夏休みだった。

京都から 小浜、敦賀、富山を通って、新潟までは、
布施の額は50円が多かった。500円で素泊まり、1000円で
2食付で 安宿に泊れた。それが、新津から阿賀野川沿いに
福島県内にはいると、東北は貧しい。いただく額は一律
5円。村から村へと、100軒廻っても 500円。旅館も無い。

「虚無僧さんうちに来てくらんしょ」と呼び止められて、
ヒョイヒョイ向かった家。薄暗い部屋の中に お婆さんが
横たわっていた。「虚無僧さん、お願いだ。ばあさんの
腰を治してくれ」と。戸惑うばかりの私。一曲吹いて、
逃げるように立ち去った。

当時、丁度 阿賀野川水銀中毒事件が噂され始めていた。
山紫水明の津川の山の中で白煙を吹き上げる昭和電工の
加ノ瀬工場があった。

病に苦しむ人を救うこともできない自分に絶望した。

「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

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