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北軽井沢 虹の街 爽やかな風
小説その14
2016年03月11日
テーマ:テーマ無し
2035年の冬、記録的な雪の中で爽太の回想は目まぐるしく移り変わる。1943年(昭和18年)に生まれた爽太は、この92年間で世の中の大きな変化を経験してきた。
もの心がついたころ、爽太の暮らす家の中には電話はなかった。用があるときには、もっぱら3軒隣の家に行って電話を借りるという手段を使っていたのだ。手のひらに入り、インターネットにもつながるというスマートフォンの出現など、想像することすらできなかったのである。もちろん、テレビも、冷蔵庫も、洗濯機もない。車は走っていたが、それを所有しているのはほんの一握りの人々だった。爽太が生まれた年は、1908年アメリカのヘンリー・フォードがT型フォードの製作に成功してから35年が経過しているが、日本ではまだまだ自動車はそれほど普及していなかった。今から思えば隔世の感がある自動車、今ではガソリンで走る車など見るのも稀となっている。主流になっている燃料電池自動車は水素と酸素から電気を起こしモーターを回すシステム。約3分間の水素充填で1000kmも走る車にガソリン車が勝てるはずはなかった。
自動車の発展は世の中を一変させた。その一つに物流があり、高速道路網の発展があった。一時期は大型トラックの運転手は高額の報酬のため、腕のある男たちの希望の職業だった。その後大型トラックやバスなどはパワーハンドルの出現で、女性でも操作が楽にできるようになり、その後女性の進出には目を見張るものがあった。
しかし、現在ではその物流に大きな変化が見られ、大型トラックの長距離輸送が激減しているのだ。その一つはドローンの出現である。20kg以下の小型の荷物はドローンで運ぶようになったのだ。もう一つは地下物流網である。主要都市間を結ぶ地下物流網の完成で、大型トラックの長距離輸送の必要がなくなったのである。地下に貨物が沈み、そこから自律的に稼働する貨物機が運ぶようになり、すべてコンピューターで制御されている。
そのため高速道路を走る大型トラックの必要性が薄らいできたのだった。
また、公共交通のバスにおいては、ほとんど自動運転システムが採用され、運転手の必要がなくなってしまった。まったく考えられない進歩発展に、爽太の記憶するさまざまな物や職業がこの世から消え去っていくのを見つめながら、老いた爽太にできることはもう限られていた。しかし、どんなに機械や設備、コンピューターなどが進歩発展しても、それを作り、操作するのは人間である。この世に生を受けて生まれてくる人間の、生まれた時代によってその人の人生が大きく変わって行くことは確かだが、元気で生き残っている爽太には、過去にいろいろな出会いがあった。特に28年前に移住してきた浅間高原北麓での無からの生活が、爽太の人生を最後まで面白く変化に富んだものにしていったのだった。
人間の人生は、出会いからはじまる。一つの出会いがその人の人生を大きく狂わす場合もあれば、それが大成功の源になる場合もある。また人は、異性との出会いによって家庭を持ち、子供をつくり、その子育ての方法や考え方から子供の成長に変化がもたらされる。
しかし、誰も皆社会の進歩発展とは関係なく、一人の人間として生きていくというどうしようもない宿命を持っている。その活動範囲も交際範囲も限られ、小さな社会で生きていく人が大多数なのだ。爽太は、残り少ない人生をその小さな社会の中で、ゆっくりと楽しんで生きていきたいと考えていた。
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