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北軽井沢 虹の街 爽やかな風

小説その27 

2016年06月03日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


爽太は、大きなマイナスのドライバーを持って、スキー靴を板にセットする方法を何度も説明するウエノさんに最初から好意を持った。「な〜に、簡単ですよ、すぐにできますよ」というウエノさんは、見るからに人のよさそうな人物だった。
爽太は、その日は一日ウエノさんの助手を務めたが、午後の暇な時間に二人で近くの食堂に行った。話をしているうちに、彼は20年前に肺ガンを患い手術で片肺になっていることが分かった。食事も普通の人の半分も食べられないという。外見ではとても元気でそんな風には見えなかったが、かなり痩せているという感じはあった。そして奇遇にも住まいは爽太と同じクイーンランドだという。爽太は「スズランの街」だがウエノさんは「宇宙の街」でかなり離れている。いくら近くを歩き回っても出会うはずのない距離だった。
東京からこちらに移り住んでいるが、東京の家には結婚した子供の家族が住んでいるらしい。
浅間高原の自然が大好きで、片肺という体のハンディがあるので、空気と水がきれいなここが私の死に場所です、と明るく話すウエノさんは、爽太よりも4歳年上でこの年70歳ということも知った。
 
仕事終了後爽太は、ウエノさんに丁寧に礼を告げて家路についた。道中すでに暗くなった峠道を走りながら、爽太は新しい働き場所のことを考えていた。面接を受けた国道144号線沿いにある店は、爽太の家から11kmの場所だから、通勤には問題はない。まだいつから働くのかわからないが、とにかく明日はもう一度そこで、いろいろなことを習うことになっていた。スキーは昔のような背の高さよりも長い板はもうなくて、かなり短い板のようだった。それよりも現在はボードの人気があり、それには右利き用と左利き用があるらしい。
つづら折りの登りを何度もハンドルをきりながら、爽太はいろいろなことを考えていた。
時折出会う対向車のヘッドライトが目に入る。ついにアルバイトができる、という思いは遠い学生時代を思い出させた。神戸の大学に行っていたころ、友人たちは夏休みや冬休みになるとデパートのアルバイトを楽しそうにやっていたが、爽太は父親の家業を手伝うため福岡に帰らなければならなかった。そして、ついに卒業までアルバイトという経験はできなかったのだ。そのまま父親の会社に就職したので、就職試験という経験もなかった。
リタイヤ後、遠く離れた別世界で暮らすことになって、初めてアルバイトを経験する爽太だった。おまけにスキーの経験もないのにスキーレンタルショップで働くというのだから、千恵子のいうように勤まるはずがないのでは、という不安もあった。
 
夜はほとんど車を走らせたことがなく、すっかり暗くなった道はどこまでも木立が見え隠れする山道だった。ヘッドライトに写しだされるのは森の木々だけで、建物はない。街灯もない暗い道を進みながら、爽太はずいぶん長い道のりを感じていた。その時66歳の爽太にとって、今が移住生活の踏ん張りどころのような気がしていた。帰宅すると千恵子は既に夕食の準備をして待っていた。
「どうだった?」
「ウエノさんは、頭つるっ禿げの70歳だったよ」
会話はもっぱらウエノさんのことで盛り上がったが、
「それで、仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫さ、意外と簡単だったよ」
スキーの経験がある千恵子も、内心この仕事なら爽太はやれるのでは、と思っていたようだ。
 
 
 

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