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独りディナー
何処の国にも、判官贔屓?
2016年08月10日
テーマ:ウィーン
西洋志向の強い私は、子供の頃からヨーロッパの王族のお話が、おとぎ話のようで好きだった。
特に、美しい英国女王や、かつての若きギリシャ王妃、その姉上のデンマーク女王、等など。
クライマックスが、留学先のウィーンで出会った(?)シシーというニックネームの、ハプスブルグ帝国の花、エリザベート皇后。
現地に住んでいた頃、「Sissi」という大きなハードカバーの本を見つけて、愛読した。
基本的には、ヨーロッパの人達にもロイヤルボックス好きは多いらしく、細かい文字のドイツ語でぎっしり書かれた文章を、辞書を引きながら読んだ内容は、素敵に面白かった。
元々、系図も好きな方なので、大家族だったシシーの実家の、兄弟達の結婚相手とか。
バイエルンの王女だった母親を通しての、各国王家とのつながりとか・・。
若いときの記憶だから、もう殆ど忘れてはいるけれど、シシーに関しては、相当のマニアだと思う。
シシーに惹かれたきっかけは、既にこのブログを始めたときに書いたけれど。
最近、話題になっている皇位継承問題等で、久しぶりにシシーにまつわる話を思い出した。
バイエルンの貴族出身だったエリザベート皇后は、オーストリア帝国の窮屈な宮廷生活には馴染めず、ウィーンから離れて旅に出ていることが多かったらしい。
皇后として人前に余り姿を現さなかったシシーは、ジュネーブで暗殺されるまで、余り人気が無かったともいわれている。
しかし、悲劇で亡くなった皇后は一躍伝説的となり、従兄だった皇帝に一目惚れされたというエピソードも加えて、一気に美貌の皇后として、その名を高めたのだった。
後に、ロミー・シュナイダーの映画、「Sissi」で有名になった、牧歌的な出会いの部分は、フィクションだということだけど・・。
そして、王家にはありがちとはいえ、シシーを取り巻く皇帝一家は、次々と悲劇に見舞われる。
唯一の男の子だった、ルドルフ皇太子は、30才で妻子を置いて、17才の男爵令嬢と心中する。
生憎、見る機会はまだ無いのだが、「うたかたの恋」という映画で、有名である。
この事件は、父皇帝との政治的軋轢が原因と言われているけれど。
そして、次の皇太子、フェルディナンド大公夫妻は、サライェボで青年に暗殺される。
この大公は、大公妃との貴賤結婚という理由で、ウィーンの宮廷から阻害され、国民からの支持も少なかったらしいのだが・・。
暗殺された後、その葬儀にまつわる宮廷の冷遇が、逆に大公夫妻への哀悼につながり、結果的には、第一次大戦へと歴史に大きな影響を与えている。
日本に限らず、大衆には、判官贔屓という面があるらしい。
英国の、ダイアナ妃の例もあるし・・。
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見返り美人の様なポーズが、有名ですね
村雨さん、おはようございます。
コメントありがとうございました。
かつては、シシーの名の由来を、認識しても下さったし・・。
ハプスブルグ帝国の女性では、勿論マリア・テレジアの存在感には及びませんが、エリザベート皇后の人気は絶大ですね。
かなりの観光資源になっているのでは、と思います。
脚の痛みを押して出かけられたのですか・・。
展覧会を見るには、体力を要しますね。
私は今のところまだ、足腰は普通ですが、展覧会では目的を何点かに絞って、それだけで満足することにしています。
お大事に。
2016/08/11 10:22:47
シシーの肖像画
たしかハプスブルク展で、彼女の素晴らしい肖像画を見ました。あのときすでに脚が痛くて、湿布を貼っていた記憶があります。
展覧会に行けた最後かもしれません。
2016/08/10 22:14:22