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独りディナー
クラシック界の王子様
2016年10月02日
テーマ:コンサート
古い話になるけれど、「ハンカチ王子」という言葉がメディアで騒がれた頃。
雑誌の「アエラ」に、クラシック界の王子様と紹介された外山啓介君。
多分その頃はまだ、大学生だったのではないかと思う。
サントリーホールで、デビューリサイタルを終えた後、サインを求める若い女性達の長い列が、ホールの周囲を取り巻いた、といった記事が出ていた記憶がある。
当時はまだ、私が音大で教えていた頃で、教師仲間からその噂を聞いた。
普通、スター性と実力は、中々両立しないものである。
仲間内でも、話半分に聞いていたのだが、情報通の一人が「○○君の生徒よ」というのを聞いて、皆、それは本物だろうと、外山君の名前を再認識したのだった。
つまり、○○君とは、本人も優れたピアニストであり、更に若い才能を次々と世に送り出している、名教師として名高い、ほぼ同世代の友人の一人である。
名古屋に転居してきた翌年だったろうか。
やっと、外山啓介ピアノリサイタル、全国ツァーの名古屋公演を聴きに行った。
その頃は、まだ院生だったかもしれない。
先生の○○君は、私と故郷が一緒で、中学の後輩でもある。
私とは中学のクラスメイトである、主人とも交流があり、東京に住んでいた頃は、彼のピアノリサイタルには、いつも夫婦揃って聴きに行ったものだ。
その彼の、生徒さんのリサイタルである。
主人と連れだって、出かけた。
舞台に現れたた外山君は、180センチという細身の長身で、黒の燕尾服がぴたりとはまった、イケメンであった。
日本音楽コンクールで、数々の副賞を総なめにして優勝した、鳴り物入りの彼が、まず弾き始めたのは、ドビュッシーの「月の光」であった。
長い人生で、数限りなく耳にしたし、自分でも弾き続けてきた、誰もが知っている美しい名曲。
それが外山君は、まるで初めての経験と思えるくらい、それは素晴らしく聴かせてくれたのだった。
どんな風に素晴らしかったか。
左手と右手で、交互に作り上げていくハーモニーの美しさから始まる曲なのだが。
それはまるで、目の前で色彩が様々に変わっていく様子を眺めているような、神秘的で不思議な響きであった。
本当に音楽が好きで弾いているのだろう。
それがたまたま、ステージの上であり、聴衆の前である、というだけで・・。
コンクールの覇者と言えば、その技術が一際優れているだろう事は、誰にも想像できる。
若いピアニストは、一般的にそちらの方向に重心を傾けがちである。
簡単には真似のできない、曲芸的なテクニックを披露するのは、さぞ気持ちの良いものだろう。
でも、外山君は、小学生がおさらい会で弾きそうな、美しい有名な小品を、類い希なるクォリティで聴かせてくれるのだ。
この非凡さは、やはり只者ではない。
ちょっと辛口のピアノ教師と、自分でもピアノを弾く音楽好きの、私達老夫婦は、すっかり外山啓介ファンになって、それから何度も彼のコンサートに足を運んだ。
昨日の彼のリサイタルは、私にはちょっと久しぶりだったのだが、数人のお友達を誘って聴きに行った。
30才は過ぎたと思うけれど、相変わらずのイケメンぶりに衰えは見えず、舞台に出てきた瞬間、華やかさが周りに広がっていった。
ピアノリサイタルは、広い舞台で出演者はたった一人だから、女性はドレスで恰好をつけることもできるが、男性のステージはなんとも地味である。
黒いピアノに、黒い燕尾服。
しかし、長身の外山君が、ドアすれすれ、という感じで姿を現すと、これは持って生まれたスター性だなあと、素直に納得してしまう。
昨日の前半は、ベートーヴェンのソナタが2曲。
まず、有名な「月光」から始まった。
殆どリズムの変化が無くて、分散和音の響きがハーモニーを替えて行く、それだけが楽譜のページ数にすれば三ページ続く。
大抵の人は、そこに何らかの変化をつけたくなるのだが、作為的な表現は、結局は作品の格調を失うだけになってしまう。
昨日の外山君は、比較的遅めのテンポで始めたが、一音一音のすべてに、何かを語りかけている様な丁寧な演奏で、最初からこの曲に神経を張り詰めて、最後まで持つかなあ、等と要らぬ心配をするほどであった。
何も作為的なことをしていないのに、音色が刻々と変わっていくので、やはり色彩の変容を見せて貰っている気分であった。
私見だけれど、ベートーヴェンに関しては、彼の中で人生のライフワークと考えて、今は作り上げている段階なのでは無いだろうか。
彼の恩師の○○君は、20数年間、半年に一度ずつベートーヴェンシリーズのリサイタルを開いて、すべてのピアノを含むベートーヴェン作品を演奏仕上げた人だ。
生徒である外山君はそれを見続けてきて、当然思うところはあるだろう。
二部は、リストの作品だった。
私は、リストの作品は概ね関心が無い。
通俗的だし、余りに技巧に走っている難曲揃いだから、やっとこさ、と言った風に弾いても、曲の退屈さばかりが目に余る。
若い頃ハンガリーからきた、ジョルジュ・シフラの演奏を聴いて、これほどの超絶技巧があれば、リストも楽しいな、と思ったけれど。
だが、当の外山君は、本当に私から見れば退屈な曲、と思える曲を、それは素晴らしく弾く。
彼の本領である、音色の色彩性が一層輝きを増して、リストもまんざらじゃ無いな、という気にさえなってくる。
有名な「ラ・カンパネラ」も、ちょっと遅めのテンポで弾き始めた。
それは、普通パッセージのクリヤさを引き立ててながらかなりの速度で弾き飛ばしていく場所なのだが、外山君は一音一音の響きに心を砕いて、自ら耳を傾けながら弾いているのだろう。
そして、 この曲を聞き慣れている人にとっては、ちょっと物足りないかなというテンポ感は、後半の超絶技巧で見事に帳尻を合わせてくれる。
毎年、10カ所くらいに及ぶ全国ツァーで、大きな舞台を経験して、外山君はますますピアニストとして、大きくなっている様だ。
今朝、私の持ち帰ったプログラムの写真をみて主人が言っていた。
「この顔で、あれだけのピアノが弾けるんだったら、それは、周りがほっとかないよな。
外山君も生まれてきた甲斐があった、と言うもんだ」
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昨日放映なのに、既に沢山ユーチューブに載っていました
彩さん、早速「情熱大陸」みました。
彼の存在は知っていましたが、まだ演奏は聴いたことはありません。
まず思ったのは、時代は変わってきたなあ、と言うことでした。
昔は、ピアニストと言えば大半が女性でした。
でも、ピアノ人口が本当に厚くなったと言うことでしょうか。
男性の際だって優れたピアニストが、じわじわと増えてきていますね。
先日、彩さんがサントリーでお聴きになった、北村朋幹君とかね、(因みに今度、彼の演奏を聴きに行きます!)
反田君は、今時の若い人という印象ですね。
周りの流れにとらわれない、というか。
不屈の精神も強そうだし・・。
個人的には、彼の練習風景や、レッスンで弾いていた曲が、今私が編曲してこれから練習に入る、「ラフマニノフのピアノ協奏曲二番」だったのは、偶然ながらとても楽しかったです。
2016/10/03 11:21:31
まあ、天は不公平ですけれど・・。
喜美さん、コメントありがとうございます。
何だか褒めて戴いて・・。
又親戚のおばさまに、勇気づけられた感じがします。
ありがとうございました。
外山啓介君は、ちょっと清涼剤的な感じもあります。
正統的なピアニストなのでしょう。
2016/10/03 11:10:51
今頃!?って言われそうですが
このナビでシシーさんとお知り合いになり、そのご専門であるクラシック音楽、ピアノ、その音源に興味を抱くようになりました。
クラシックを身近に感じ出したというのかしら…
「今頃!?」と言われるかもしれません(笑)
このイケメンの外山君の演奏も生で聴いてみたいと思いました。
昨夜ドキュメンタリー番組である「情熱大陸」では、反田恭平さんというピアニストを紹介していました。
また、外山啓介さんのような恵まれた環境では育ってはいないこと、クラシック界を震撼させる才能と称されている新進気鋭のピアニストだと紹介され、彼がピアノを弾く姿を映し出してました。
私は寝る前だったので、立ったまま夢中で観てしまいました。
最後にこのピアニストの青年が「もう大学は辞める」と言っていた言葉に何だか、興味をそそられました。
http://www.mbs.jp/jounetsu/2016/10_02.shtml
反田君もご存知かと思いますが、観てあげてください。
2016/10/03 09:04:24
外山啓介
私は全く知らない方でした
貴女の名文で姿かたちから
私が聞いても解るような物も
弾く方で聞いて見たい方だとか
色々わかりました
文章って大切ね 外山さんを
私が知っていて皆さんに知らせたら全く伝わらなかったでしょうね
2016/10/03 06:13:23
機会があれば、是非・・。
ミルさん、今晩は。
コメントありがとうございました。
昨日は、久しぶりに外山啓介ワールドが堪能できた、幸せな一日でした。
世の中には、素晴らしいピアニストは沢山いますが、私は音楽の世界にも、イケメン好きを持ち込んでるのかなぁ・・。
同じ演奏を聴くなら、やはり舞台の様子も大事ですよね。
その点、外山君は五拍子くらい揃っています。
2016/10/02 22:16:44
引き込まれ
シシーさん、私、メモを取りながら読ませていただきました。
ご紹介の演奏家を、是非聞いてみたい!と思わせてくれる、心地好く走っているような、否、踊っているような文章でした。
音楽には疎い、ましてクラシックには疎い私ですが、引き込まれてしまいした。
ブラボー!です。
2016/10/02 21:49:30
ステージが一番ですけれどね
Reiさん、コメントありがとうございました。
右脳から左脳への転換は難しいですよね。
でも、女性の方が中継は柔軟だと、聞いた事はあります。
外山君の演奏動画をユーチューブで検索してみましたが、余りありませんでした。
中では、千住明氏の作品の演奏が、お勧めです。
2016/10/02 21:16:50
天は彼に、五物位与えてるかな・・。
村雨さん、コメントありがとうございます。
なんと言っても、素晴らしい演奏との遭遇ですね。
昨日はとても幸せな日でした。
村雨さんの、ブログにコメントできなくてご免なさいね。言葉が出てきません・・。
2016/10/02 21:01:52
書いていて楽しかったです
師匠、身に余るコメントを書いて下さって、ありがとうございました。
演奏の印象を、言葉に置き換える作業は、教える場面でも、一番難しいことかもしれません。
内容もレベルも勿論違いますが、教えるときはいつも、生徒の演奏に関してどんな言葉で相手に伝えていくか。
右脳から左脳の切り替えが、一番のポイントでもあります。
それは難しくもあり、勿論楽しいところでもありますけれど。
でも、文章にまとめたりは普通しませんので、今日は師匠に褒めて戴いて、とても嬉しいです!
2016/10/02 20:58:13
音を文章で表現する
とても難しいと思うのですが、シシーさんは、見事に表現されていますね。
私もコンサートに行ったような気持になりました。
外山啓介さんのことは、何となく知っていましたが、今度じっくり聴いてみますね(^^)
2016/10/02 18:52:11
すばらしい
楽器が奏でる音。
その特性を、聴覚が捉え、脳が何かを感じる。
そこまでは誰にでも出来ます。
感じたそれを、言葉に変換し、誰かに伝えようとする。
それが難しいのです。
感性はもちろん、語彙の豊かさも求められるので。
(味覚、視覚においても、同じことです)
この際に、比喩がよく使われます。
シシーマニアさんの、今日のブログでは、色が用いられています。
巧みです。
(確かに「音色」という言葉もあり、音は色に喩え易いこともありますが)
そして、的確です。
私はつい、他人の文章を、その文体、修辞、用語についての品格から、
眺めてしまうところがあります。(いやな性分です)
今日のシシーマニアさんの文は、それらのいずれの点においても、
瑕疵というものが、ありません。
いい文章です。
あ、私は音楽に疎いもので、外山啓介さんのことは、知りませんでした。
一つ勉強になりました。
2016/10/02 17:28:58