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廣瀬(ひろせ)神社 広島市 四対の被爆狛犬 

2017年02月01日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


廣瀬(ひろせ)神社 広島市
四対の被爆狛犬
毛利氏の菩提寺、洞春寺の鎮守社であったという所伝もあります。
広瀬弁財天と称したが、享保八年(1723)広瀬大明神と改め、
さらに明治5年広瀬神社と改めた。

昭和20年8月原子爆弾のため廃墟に帰し、戦後の市街地区画整理のため境内地は半減した。
昭和22年に社殿を復興す




爆心地から約1キロの位置になります

大きな構え型


皇紀二千六百年(昭和15年/1940)記念 
広島市内に何点かあるこの型の中では一番よいかも


              被爆しています    吽は台座がずれたままです






     阿の台も割れ、欠けが激しいです


もう三対居ます

江戸の尾道玉乗り




吽形の後足は石とセメントで補修


台座が半分、後足が無く石が置かれています

尾道住人 石本屋 和助作
この狛犬が石本和助最初の作


石本和助の名は受け継がれ昭和八年の作まであります
愛媛県、島根県 にも作を残しています




















原爆にも耐えたいい顔です。玉の剥離が激しいです




















変色してますが姿を保っています


安政六年(1859)


阿形の下の台には大きなひびが残っています

広瀬学区表忠碑   御大典記念の碑


表忠碑 碑文



続く

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