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たかが一人、されど一人

言葉の軽さ 

2017年02月14日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

昨夜何気なく観たテレビに帰国早々の安倍総理が出演していたことにはびっくりしたが、他に少し引っ掛かったことがあるので、このことは取り敢えず措こう。次の場面で登場してきた木村太郎氏である。木村氏についてはNHK出身のジャーナリストであり、昨年のアメリカ大統領選について、日本でトランプ氏勝利を予言した数少ない一人だとは知っていた。彼の発言が気になっていたので、改めて調べてみるとアメリカ生まれで慶応高校を退学になっているとか、少し知って驚いてもいる。彼の発言で気になったのは「ポリティカル・コレクトネス」と言いう言葉である。何度も聞いたことがあり常識的な言葉のようだが、お恥ずかしいことに意味を全く理解していなかった。今更であるかもしれぬが「政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のこと」だそうだ。更に少し敷衍すれば、英語でpolicemanをpolice officerと言い換えたり日本語で痴呆症を認知症と言い換えたり、<めくら>や<つんぼ>と言わないことだそうだ。木村氏が言うには「これまで日本の外交において安倍総理も非常に重視していた概念に<普遍的価値観。即ち自由、民主主義、基本的人権、法の支配>がある。がしかし、これはオバマ前大統領のポリティカル・コレクトネス(お題目か念仏と同じ)である。トランプ大統領の出現で、こんなものは雲散霧消してしまった。今後は実質が重視される。」一ジャーナリストが言ったことだから気にするほどのことでもないかもしれない。しかし氏は?せても枯れてもジャーナリスト、これまで普通に使用していた言葉をこう簡単に捨て去っていいのだろうか。氏からすると「誰が使おうと、以前からまともに聞いてなかったよ。」と答えるかもしれぬ。総理が今後もいろんな場面で、この価値観の共有を発言するかどうかは分からない。確かにチェックしてみるとトランプ氏は「ポリティカル・コレクトネス」を全く無視した発言を重ねている。総理がどのように今後トランプ氏に対応するのか、そんなことはどうでもいい。ただ普遍的であった言葉の意味がそんなに簡単に変わるものとは思わなかった。他人のこと言う前に、普段軽々しい言葉遣いを続けている己の馬鹿さ加減を反省すべきかもしれぬ。

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