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忍冬（すいかずら）　

2017年02月15日
テーマ：テーマ無し

朝から晴れ。

所用で平塚の方へ行き、
駅へ向かう帰り道で
民家の横の空き地に忍冬を見つける。

昔々、
銀座も外れの小さなスナックで
「忍冬」をギターで唄っていた女を想い出した。

行きつけというほどでもなかったが、
マスターとは仕事で知り合い、
こんな店をやってます、の挨拶を交わしてから
仕事で疲れたときなど
フラリと一人で行っていた。

流行らない店で、
だからというわけでもないだろうが、
客がいる間は営業中で
朝まで居たことも何度かあった。

あのときも
春間近の季節だったろうか。

その女は、
ロングヘアーに
男物のダボダボした濃紺セーター、
細いＧパンの上にギターを乗せ
店の奥のテーブルで
水割りのグラスを傾けていた。

マスターに、誰？と
目で訊くと
俺も知らない、と目で応える。

マスターと
少ない会話を交わしていると、
唄ってもいい？と、
女がマスターに聞く。

マスターがこっちの顔色を見たので
無言で頷く。

どうぞ、と言いながら
マイクをセットし始めたら、
要らないわ、と言いながら微笑む。

歌い始めたのが、忍冬、だった。

そのときは
初めて聞いた唄だったので
題名も知らず、
歌い終わってからマスターに訊いたら、
何て言う歌なの？と代わりに訊いてくれた。

忍冬（すいかずら）で因幡晃が歌ってるの、と
か細い声で答える。

上手いね…なんて
初めて声を掛けると、
どうも、と会釈を返す。

マスター、オレのおごりにして、と
女の子の方を見ながら言う。

どうも、と頭を軽く下げ
長い髪を掻き上げた仕草が心地良い。

それからしばらくして
再度、店で会ったが、
桜が咲きはじめた頃、来なくなった。

マスターに訊いても
素性も名前も知らないとのこと。

歌詞と
錆びた唄声だけが記憶の底に残り、
折りにふれては想い出す。

男も女も、
都会で一人生きて行くには
心の上に刃を置いていないと
生きて行かれないのかも。

そして時々、
疲れた心を癒すように
場末のスナックへ身を寄せるのだろうか。

今夜は、
すぎもとまさと、の
「忍冬」をＢＧＭにしようか。

昔々、が多過ぎるようになって来たのは
終着駅が近づいているからかも…

春は近いぜ、忍冬よ。

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