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北軽井沢 虹の街 爽やかな風
小説・ルオムの森―3
2017年08月05日
テーマ:テーマ無し
私はもう少しで74歳になる。そして、この浅間山北麓に位置する嬬恋村に移住してきて10年目に入っている。今は北軽井沢スウィートグラスというオートキャンプ場で働いているが、それもすでに7年目に入り、ここでの生活も安定期に入ったと言っていい。
とりわけ、移住後に書き始めたブログが次々と知人を増やしていき、様々な情報源となり、貴重な知識を得ることになったが、現在の生活に最も深く関わっているのは勤務先である北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場だ。人間にとって唯一「確かな実感」をつかみ取る契機は「自然」にある、という社長は、企業ミッションに「ルオム」(自然に従う生き方)を掲げた。我々の仕事は「自然とかかわり」、あるいは自然そのものの躍動から始まると話す社長の考えに共鳴した私は、以来「ルオム」を率先して生きるようになった。自然の循環の中で生きること、それは心豊かな生活スタイルに違いないのだ。
これまで生きてきた集大成としてこの地で燃え尽きることを決心した時から、何も迷わなくなった。私にとってこの浅間高原は人生最後の楽園といえる。
そんな中で、74年も生きてくると、これまでの過去の出来事を思い出す。数々の失敗は笑い話のように水に流せるものばかりで、今となっては何の後悔もないが、若い頃に自分で決断し実行した、今では小さな敗北ともいえる出来事は忘れることができない。
2年前のある時、故郷の高校時代の友人から毎年発行される学校の会報に掲載する寄稿文を依頼され、私は「人生は二度ある」というタイトルで書いた。
その会報は同期の人たち全員に配布され、同時に私のブログも紹介されたのだった。
人生は二度ある
私は8年前、65歳の年に群馬県の静かな森の中に移住した。「最後は緑豊かな自然の中で暮らしたい」という妻に従う形になったが、私は「送別会では寂しいので激励会だ」と言って温かい声援をおくってくれた同期の友人たちに励まされ故郷を後にした。そこは知人のいない、しかも標高1100メートルを超える厳寒の地で、冬には氷点下二十度にもなる場所だ。なんとか住む家は確保できていたので生活には困らなかったが、知らない土地での生活には不安もあった。しかし、徐々に地元の人や知人にも恵まれ、人生で初めてのアルバイトを経験してから一気に新しい人生が開けていった。スキーの経験もないのに貸スキーの店で働いたことがきっかけで、トウモロコシを植えたり、茄子やキュウリ、モロッコいんげん等の収穫をする農業の経験を経て野菜直売所を任された。その後はたまたま近くに在ったオートキャンプ場で働くようになり現在に至っている。そしてキャンプ場で働くようになってから五年が経ち、今ではリーダー格となって毎日を楽しく過ごしている。ここは活火山浅間山の北麓に位置し、大自然に恵まれた素晴らしい場所だ。浅間高原の大自然に抱かれて過ごすここでの生活は、まさに人生の楽園。私は今まるで二度目の人生を過ごしているように感じている。
卒業してすでに55年の時が過ぎ去ったが、私には今でも大切にしている思い出がある。それはヴァイオリンの名曲チゴイネルワイゼンの旋律とともに思い出される初恋の思い出。「さよならは別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの遠い約束・・・」と澄んだ声で唄う薬師丸ひろ子の瞳は、今も昔の恋人のそれを思い出させる。「青春とは、人生のある期間ではなくて、心の持ち方をいう。頭を高く上げて希望の波をとらえるかぎり、八十歳であろうと人は青春の中にいる」とサムエル・ウルマンの詩にある。人は過去にこだわることより、今を生きていることに価値があるに違いない。しかし、心のほのかな思い出にもまた少なからず価値がありそうだ。
ピカピカの新しい車を買って、最初についた小さな傷は、もっとあとでついた大きな傷よりも心を痛ませるものだ。身体に刺さった小さなトゲは、大きなトゲよりもそれを取り除くのが難しい。若い頃の大きな敗北は人の人生を新しい方向に向けることができるが、若い頃の小さな敗北は、人の心を変えることなく人生につきまとって心を苦しめることもある。それは、身体の肉に刺さったままのトゲのように。
配布された会報は、私の密かなメッセージだった。
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