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2017年「8月15日の靖国神社」レポート(番外編)「靖国の遺児」「誉れの子」 

2017年08月16日 外部ブログ記事
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今朝の朝日新聞25面「戦死と向き合う」>美談演出「誉れの子」 「靖国で父と対面」戦意高揚<という記事があった。
戦前の政府情報局編輯「寫真週報」昭和16年4月9日第136号の表紙を飾っていた八巻春夫少年が記者の取材に応じていた。
この「寫真週報」136号を靖国神社ガイドの時に何時も使用したので驚いた。



裏表紙と1ページは対照的に皇太子(現今上天皇)が横須賀の戦艦三笠を見学している記事と写真が掲載されている。






2ページから5ページまでが八巻少年の記事と写真である。








昭和18年4月7日第266号は表紙に関東州(現中国遼寧省遼東半島)安倍くんの写真で、裏表紙には「靖國の社頭に頭を垂れ・・・」2ページは東條英機が「靖國の子らを父の慈悲」と激励している写真。











昭和18年5月5日第270号3ページは「倅は九段の若櫻」と第一鳥居前の老父と老母の写真。




寫真週報はモノクロ印刷。しかし昭和17年12月2日第249号だけは「大東亜戰爭一周年」としてオフセット4色カラー印刷だった。


靖国神社遊就館展示室「招魂齋庭」には、浄闇の参道玉砂利に敷いたゴザに座る遺族の寫真が飾られている。
そこに母親の膝に抱かれた幼児の姿があるが、「私も父が中国戦線で戦死をしたならば、靖国の遺児として母と一緒に参列していたかも知れません」と説明をしている。

亡父が、第九師団第九連隊輜重兵として召集され、大阪の宿舎で戦友との記念写真である。
男の子を抱いているのが亡父である。


出征後、蒲田区(現大田区)の母の実家での写真(戦地に送った)
1937年3月に生まれ、父は9月に第二次上海事変で上海に上陸した。
本年12月には80歳記念として富士国際旅行社の平和ツアーで、上海、蘇州、南京に行く予定である。

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