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日々徘徊〜♪

富士山の名前の由来。 

2018年04月10日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

あなたは知っていますか?
世界遺産・富士山の伝説
失礼ですが貴方はご存知でしょうか?

 さて、富士山という名はどこから来たのでしょうか。

はじめて「ふじ」の名前が出てくるのは、713年に出された元明天皇の詔により作られた『常陸国風土記』です。
風土記というのは奈良時代に各地の文化や地勢についてまとめられたもので、一番有名なものでほぼ完全な形で残っているのは『出雲国風土記』です。
常陸国は、今の茨城県にあたります。
『常陸国風土記』の中に「福慈」という名前が出てきます。
「ふじ」と呼び習わす名前には、「富士」「不二」「不尽」「不死」などがあります。
「不二」は、「ふたつとないほど素晴らしい山」という意味でしょうし、「不尽」も「その素晴らしさは尽きない」とか「その大きさは尽きない」という意味でしょう。
話は中国にも及びますが
 始皇帝は、部下の徐福に命じて海へ山へ不老長寿の秘薬を探させたといいます。
紀元前3世紀ごろの話なので、真偽のほどは定かではありませんが、3千名を超える人々を引き連れて徐福が駿河湾から富士山へ向かったということが古文書に記されています。
このような、山に仙人が住んでいるとか、万病に効く霊薬があるといった神仙思想は、日本でも広がっていきます。
『竹取物語』にも、この神仙思想が色濃く出ています。
富士山はだいたいが「ふじ」と呼ばれていたようですが、『富士山由来記』(経ケ岳から出土)を見ますと、まだまだたくさんの名前が富士山にあることがわかります。
養老山……
仙人山……
行向山……(どこから見ても同じ形・。
最後にもう1つ、「枝折山」という名前を紹介しましょう。どうして富士山が「枝を折る山」なのか。それは、こんなお話です。
 昔、富士山のふもと駿河の地に、1人の若者と年老いた父親が貧しく暮らしていました。年老いた父親はだんだん体も動かなくなり、若者はそのお世話が面倒になってきました。そこであるとき、父親を富士山に捨てに行こうと考えたのです。

 「おとう、一度富士山に登ろうや」

 息子の魂胆を知ってか知らずか父親は、「おお、それはいい」と言って、息子におぶわれ富士山に登ることになりました。
つまり「楢山節考」もこの富士山でも行われていたと言うことなんですね。
それにしても、富士山の名前はまさに七変化です。私たちは「富をつかさどる山」ということで富士山と呼んでいます。さて、あなたはどの名前が気に入りましたでしょうか。

なぜ富士山は世界遺産になったのか
小田全宏 著

スタバ&ツタヤで 珈琲を飲みながらの
読書もいいものですよ・・。



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