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目良氏の叫び 

2018年08月03日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

誰しも過ちを犯すことは避けられない。だが、殺人などの決定的な過ちはほとんどの人間が避けられる。国は逆だ。しばしば自衛と正義、平和の名のもとに他国民の大量殺傷と領土の破壊を自国民に命じる。それが戦争だ。国のその決定的な過ちを認め、禁じたのが、憲法9条だ。(目良)
失敗を恐れては何もできない。どんなに考え、準備しても、小さな失敗は避けられない。だが、他と自分を決定的に傷つけるような失敗は、ほぼ避けることができる。ならば、なぜ数百万、数千万の人間を殺し合う戦争を避けられなかったのか。9条はその反省の極地にある。(目良)
僕はグズでめんどくさがり屋で、失敗もいろいろしてきた。結果的に他人の心を傷つけたこともある。ただし、せめて同じ失敗を何度も繰り返さないように務めてきた。もちろん、他人を殺傷したことはない。なぜこんな僕にでもできることを、国はできないのか。(目良)
老若男女、すべての市民が互いに個人として尊重し合い、平和で穏やかに暮らすための道徳は必要だ。ところが、今その平和を最も脅かしている不道徳の極みの政府が子どもたちに道徳を注入しようとしている。何のためか。もちろん、市民の平和のためではない。その反対だ。(目良)
自国の植民地支配と侵略の負の歴史を直視し、それを相手国の人々の立場に立って反省し、二度と繰り返さないよう決意、行動し続けない限り、その負の歴史は克服されないまま、相手国だけでなく自国の民をも縛り続け、自覚なき愚かな感情と行動に人々を駆り立てる。(目良)
日本人がなぜ朝鮮と中国の人々を侮蔑し、場合によっては恐怖と敵愾心を持つのかは、明治以降の植民地支配と侵略の歴史の所産だ。それは、米国の白人が黒人を侮蔑し、場合によっては恐怖と敵愾心を持つのが、過去の奴隷貿易と奴隷制の歴史の所産であるのと同じだ。(目良)
「杉田水脈の発言を政治利用するな」というご意見を見かけたのだが、政治利用もなにも杉田水脈氏は政治家だぞ。(小田嶋隆)
とうとう「政治に政治を持ち込むな」の異次元に(目良)
モリカケの巨悪は見逃し、文科省を執拗に攻める検察。これは安倍官邸に弓を引くとこうなるという強力なメッセージになる。今の検察は官邸の意に反した捜査はしない。人事権に加え捜査権も掌握され、官僚たちの官邸へのへつらいはますます見苦しくなるだろう。(鮫島浩)

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