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平成の虚無僧一路の日記

福沢諭吉の雅号「三十一谷人」 

2019年03月29日 外部ブログ記事
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以前、料亭の「大森」で食事をした時のこと。数年ぶりだったが、女将さんは、私のことを覚えていてくれ、特別な部屋に案内してくれた。その部屋には、なんと『独立自尊』と書かれた「福沢諭吉先生」の額が飾られていた。私が慶応卒と知っての 女将さんのはからいに感動。私が「福沢諭吉」の「三十一谷人」の落款を確認していると、女将さんが言うには、「これは『老子』の言葉からとったそうですね」と。「??」それは知らなかった。『福澤全集緒言』には「 三十一を一字にすれば『世』の字にして、谷人の人を人偏にして左右に並ぶれば『俗』の字と為るが故に、則ち『世俗』の意を寓したるもの」と あるのは知っていた。「老子」を紐解いてみれば、「三十輻(ふく)一轂(こく)を共にす」というのがあった。車輪は、中心の「轂(こく、こしき)」と、輪との間をつなぐ三十本の「輻(や)」から成る。「輻(や)」はすべて、中心の「轂(こく)」に集まって、車輪を支える。どれも「用ある物」で「無用のものは何も無い」という比喩だそうだ。ふーむ、言われてみれば、「福沢諭吉」は語らなかったけれど、「無用の用」と いうような含みをもって「世俗」と掛けたのかとも思えてきた。女将さんの才知、博学には脱帽。しばらく女将さんと談笑しながらの料理の味もまた格別でした。

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