++++しかし直ぐ後で、父の墓は私の住まいの直
ぐ近所にあるからなのだ、と気が付いた。
(4)
足を撫ぜてやろうと思い、布団を少しはぐると細
いすねがあり、膝が竹の節みたいに出張っていた。
ふくらはぎの辺りを揉むようにすると、顔をしかめ
たので、それで、ただ軽くさすった。 繰り返しさ
すっていた時に、定時の介護を頼んでいるヘルパー
さんが来た。 四十半ばのようだ。
「息子さんですね」と、彼女が私の顔を眺めて直
ぐそう訊いたから、頷くと、「お顔が良く似ていま
すもの」と言った。相貌が変わって死のうとする人
の面影が、私の中にあるのが不思議だった。
足をさすり続ける私を眺めて、ヘルパーさんが涙ぐ
んだ。 妹はさすってやらなかったのだろうか、そん
な筈はあるまいにーーー。 ヘルパーさんの涙を見て、
私は黙ってしまった。
ニ時間後に帰りの列車に乗らなければならない。
再び生きて会うことはもうない。もう一度、死に行
く人の救いようのない孤独を感じた。しっかり抱き
締めてやりたかったが、それをすると母の体がばら
ばらに壊れてしまうだろう、と思った。
*
九日後、母は独りで逝った。
身内だけの簡素な葬儀であった。焼き場で、私の
隣に座った妹が手持ち無沙汰に「数えで九十 ーー
ー」、とポツリと言った。それまで、八十九だと私
は信じていたから、妹の言葉を聞いて母が一つ得を
した気がした。「それは良かったなーー」と、母に
向かって心でつぶやいた。
骨を拾うまでに間があったから、私は焼き場の横
にある中庭へ一人で出た。ニ月の冷たい風に当たっ
て大きな梅の木が一本立っていた。今は人手に渡っ
ているが、昔の実家にも小振りな梅の木があったの
を思い出した。
枝には、沢山な小さいつぼみが並んでいたが、そ
の中でニつか三つが間違えたようにほころんで白い
花になっていた。このところのぶり返した寒さと今
日の風で、他はつぼみのまま固く止まっていた。辺
りへ匂いを起こすには花の数が少な過ぎる。
それでも、開いた一つの花の傍へ鼻をすり寄せて
みたら、あるか無いかにかすかな匂いがした。この
時、何か遠くを思い出すような昔懐かしい気がして、
匂いが骨の奥にしみた。「幸せなほうーーー」と母
は言っていたが、夫は先で出迎えてくれたのだろう
か、とふと気に掛かった。
葬儀のゴタゴタと何もかもが終わった。その夜、
大きな白い花を一輪添え、骨壷を部屋に安置して
線香を上げた。強かった昼間の風は夜になって止
んだ。風が止むと、部屋の冷たい雰囲気の中に何
かしらほっとするような温かみが漂い、夜がしん
として更けた。
完
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