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耕三寺(こうさんじ) 生口島(いくちじま) 

2012年05月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

日本各地の古建築を模して建てられた堂塔が建ち並び、
「西の日光」とも呼ばれる耕三寺(こうさんじ)
 
生口島瀬戸田の出身で大正・昭和期に鋼管製造業事業で成功した
実業家の金本福松昭和2年)、故郷瀬戸田に住む母のために邸宅
「潮聲閣」を建築した(耕三寺内に現存)                  
 
母が昭和9年に没すると、翌昭和10年、金本は母の菩提を弔うため
出家して僧侶となり名を「耕三」に改めた。               
 
昭和十一年(1936)から潮聲閣周辺にて耕三寺の建立を開始した。            
瀬戸田の地に誇りうる文化財のないことを残念に思っており、     
境内を日本各地の著名な歴史的建造物を模した堂宇で埋める構想を立てた。                                     
            
以来、30余年をかけて、日光東照宮陽明門を模した孝養門、    
平等院鳳凰堂を模した本堂などをはじめとした伽藍が完成した。
 (ウィキぺディアより)
 
案内図

 
山門

 
                        礼拝堂

                       五重塔

              五重塔前から中門を見る

                    
五重塔の両脇に四天王寺金堂を模した僧宝蔵、法宝蔵が建っています。【同じ建物です)
                                                          五重塔の左  僧宝蔵、                 右、 法宝蔵                    茶道美術展示館となっている。          近代美術館となっています                                               登録有形文化財。                        登録有形文化財 


 
   孝養門  日光東照宮陽明門を模したもの。
  西の日光といわれる所以です。 これは凄い。

当寺の建築においては唯一その実測図が用いられており、各部の比例も一致している

昭和28年当時この大事業を立願した耕三師は幾多の苦心の末、文部省に1組だけあった図面を同省に申し入れ入手、以来10年の歳月をかけ完成に導いている。(パンフレットより)

日光東照宮陽明門との相違は各部の装飾の彫刻と彩色に多く、
下層柱の金銀泥彩色を施した聖衆来迎の浮彫、組物表面に施した
宝相華と繧繝(うんげん)彩色など原作よりはるかに華麗で、こうした点では日本一豪華な建築物と呼べるのではないだろうか。(パンフレットより)

 


 本堂
平等院鳳凰堂を模したもの。1940年(昭和15年)の完成。


東翼楼には奈良・興福寺から移された釈迦如来坐像
(重要文化財、平安時代)を安置する。             
登録有形文化財。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   東翼楼から孝養門


 

 
千仏洞地獄峡という人口の洞窟があります。
本堂の下あたりに彫られています。
 
入口は本堂西側至心殿横、出口は救世観音大尊像そばに設けており、地下約15mに全長350mにもなります。
石造の仏諸尊千体を奉安、滝が流れている他、隧道には地獄極楽画図の額数十面が源信僧都の往生要集を視覚的に理解できるよう奉懸している
 
アップダウンもあり10分位かかります。


 
千仏洞を抜けると観音様の足元へ出ます。

 
 
「未来心の丘(みらいしんのおか)」
耕三寺の上にあります。
広さ5,000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園で、世界を舞台に活躍されている彫刻家  杭谷一東(くえたにいっとう) 氏にその制作を依頼しているものです。
ここに使用されている大理石のすべては氏のアトリエがあるイタリア・カッラーラで
採掘し、コンテナ船で運んできています

すべて白い大理石で出来た丘です。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

個人でここまで造ってしまうとは凄すぎです。

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