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パトラッシュが駆ける!
冥利に尽きる
2010年06月25日
テーマ:テーマ無し
Bチームが、快進撃を続けている。
主将M子(五年)、副将K子(五年)、三将N子(四年)の三人組が、
あれよあれよという間に、三回戦まで、勝ち抜いてしまった。
団体戦だから、三人のうち、二人が勝てば、チームに○が付く。
もちろん、三人勝てば、なおいい。
次の最終戦に勝てば、○が四つになり、つまり無敗であり、文句なしの優勝だ。
文部科学大臣杯、小学校囲碁団体戦、東京大会である。
毎年六月、囲碁の総本山である日本棋院に、大勢の小学生が集まって、
行われる。
今年、私達T小学校囲碁部は、A、B、Cの三チームを編成し、
それぞれの棋力に応じた、リーグ戦に参加させた。
勝敗は、二の次だと思っていた。
囲碁は、多くの相手と戦うことによって、力が付く。
仲間内だけでは、つい馴れ合いになってしまうから、
手の内を知らない相手と、戦うことが大事だ。
だから、参加することに、意義があると思っていた。
それがどうだ。
思いがけないことになっている。
ここまで来たら、次もやってくれるのではないか・・・
いや、勝負は下駄を履くまで分からないぞ・・・
父兄席に突っ立って、三人を見守りながら、私は気が気でなくなった。
生徒の方がむしろ、落ち着いているように見える。
K子が早くも勝ったようだ。
私の方を振り返り、にやっと笑った。
もっとじっくり打てよと、口を酸っぱくして言うのに、彼女の碁は、
何時も早い。
N子は負けたようだ。
こちらを見ないし、石を片づける、その背中に元気がない。
子供は、正直なのである。
こうなったら、頼むはM子だ。
その戦っている碁盤を、斜めから覗き込むと、地では、
ややリードしているようだ。
しかし、細かく数えたわけではないから、楽観は出来ない。
それに、子供の碁は、ミスも出る。
一瞬にして大石を取られることがある。
相手がワタリに来た。
当然遮るべきところを、M子がじっくり考えている。
石を繋がせたら、足らなくなるぞ・・・
何を考えてるんだ・・・
思わず口が開きかけた。
しかし、助言はルール違反だから、声は出せない。
相手の男子が、ワタリを打った。
まだよ、私まだ打ってないわよと、言葉は聞こえないが、
N子がその石を戻させたようだ。
相手は、手番を間違えるくらいに、焦っている。
N子は、心憎いばかりに、じっくり考え、ワタリを止め、
それから数手が進んで、相手が投げた。
足らないと見て、投了するくらいだから、彼だって、初心者ではない。
小学生としては、潔いくらいだ。
隣のK子が、嬉しそうにVサインを送って来た。
あんまり喜ぶなよ、目の前に敗者が居るんだから・・・
私は、そんな意味を込めて、ことさらに顔を引き締め、
さりげないVサインを、返してやった。
まぐれということはない。
碁は、運の要素の、ほとんど入り込まないゲームである。
生徒達が、何時の間にか、強くなっていたのだろう。
私がそのことに、気付かなかっただけかも知れない。
* * *
「S子ちゃんが、泣きやまないんです」
世話人さんが、知らせて来た。
なるほど、会場の一角に、俯いたまま、
ハンカチを顔に当てている女子が見える。
我がチームは、全員赤いTシャツを着ているから、
遠くからでもよく目立つのだ。
「年下の子に負けたのが、悔しいらしくて・・・」
「気持は分からなくもないけど・・・」
「今、H先生が、慰めに行きました」
「それがいい、女同士がいい」
私は行かなかった。
女に泣かれるのは、相手が子供であっても、苦手なのである。
何と言って慰めればいいか、私には分からないからだ。
「で、どうなりました、あの組は?」
「三勝一敗で終りましたから、入賞はするかも」
泣きはしたが、勝負どころは押さえたと見え、Cチームも勝ち越していた。
立派なものだ。
泣く子は強くなる。
これ、間違いない。
過去に、幾つもの実例を見ている。
遠い昔の、私自身の経験も含めてだ。
S子は性格もいい。
教えたことに対して、常に「はい」と、素直に返事をする。
来年の大会では、きっと階級を上げて出場し、さらに活躍するに違いない。
そして、もう泣かないと思う。
涙は、出尽くしただろう。
そのくらいに、泣いていた。
* * *
「これ、先生の分です」
数日後に、世話人さんが、大会での記念写真をくれた。
ステージの上に、赤シャツの少女達が、ずらりと並んでいる。
二枚の表彰状を、どうだとばかりに、掲げている。
号泣したS子も、もうすっかり、何時もの爽やかな顔に戻っている。
生徒が九人に、コーチが三人。
その中で、ただ一人のオジンが私だ。
赤シャツの似合わないのも、当然私だ。
子供の笑顔はいい。
私も本当は、たがを外して、破顔一笑すればよかったのに、
写真を見れば、何となく気取っている。
子供達に碁を教える。
そこで「先生」と呼ばれる。
私の人生に、こんな日が来るとは、実は思っていなかった。
道楽が高じて、とうとう、こんなことになった。
人生何でも、やって見るものである。
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