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パトラッシュが駆ける!

続・こいつぁ春から 

2020年02月01日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

待てよ……
私は改めて、チケットを眺めた。
行けば良いのだろ、行けば……
行けば、このチケットは救われる。
浅草の新春歌舞伎、午後の部は三時に開演し、六時半に終演となる。
その全部は無理だが、一部なら見られるのではないか……
例え一幕でも、一時間でも見れば、チケットを下さった、
S子さんに申し訳が立つ。
私の迂闊も帳消しになる。

問題は、任務を終え、駆け付けたとして、
何時に公会堂へ到着出来るかだ。
芝居の最中に、暗い場内へ入るのだけは避けたい。
あれは不粋だ。
他の観客の皆さんに、不快な思いをさせる。

これが映画館なら、まだ許される。
映画は「既製品」であり「完成品」だ。
芝居は「ナマモノ」であり、現に役者が舞台で動いている。
その一挙手一投足に、血が通っているのであり、
大袈裟に言えば、その息吹や、心臓の鼓動まで、聞こえるような気がする。
その夢想を、闖入者により破られる。
現実へと引き戻される。
私が逆の立場だったら、その不粋者を睨んでやりたい。
いや、過去にも実際に、睨んだことがある。

では、遅刻した場合、どうしたらよいか。
客は、次の幕間まで、ロビーで待つべきだ。
それが良識というものだ。
ああそうか……
私も駆け付けて、それが芝居の最中であったなら、
ロビーで待てばいい。

午後の部は「絵本太閤記」と「忠臣蔵」の二本立てだ。
その間に二十五分の幕間がある。
即ち、四時三十分から同五十五分、この間に、
公会堂へ辿り着ければいい。
と言う計算が成り立つ。
私は、公務と遊興の両立を考えている。
小学校のクラブ活動を、ほんの少し、早退させてもらおう。

一方で、歌舞伎の方も、前半の一幕を諦める。
即ち「絵本太閤記」を放棄し「忠臣蔵」一本に絞る。
こうすることにより、チケットを無駄にしないで済む。
これを「二方一両損」と言わないだろうか。

やれば、出来るじゃないか……
JRとメトロの乗り継ぎも上手く行った。
(神田駅の地下通路を小走りに進んだが)
そして、中国人観光客のあふれる、新仲見世の雑踏を、
掻き分けかき分け進み、私は目標とする休憩時間より早く、
浅草公会堂に着いてしまった。
ロビーは森閑としている。
かすかに場内からの、ざわめきが聞こえる。
絵本太閤記が、まだ終わらないようだ。
そうだ、ビールを買い忘れている。
私は公会堂の大戸を開け、再び浅草の町へと飛び出した。

* * *

指定された席に行ったら、居るはずの妻がいない。
さてはトイレだな……
私は席に座り、ビールを飲んだ。
逸った心を、平常に戻すには、これが一番だ。
折しも、コロナウイルスの中国からの伝播が懸念されている。
その予防には、水分をたっぷり摂るのが良いと聞いている。
緑茶がいい。
そしてビールも良い。
私は世の中に、こんな良薬はないと思っている。

休憩時間が終ろうと言う頃になり、妻が戻って来た。
「来てたの?」
「はーい、とっくの昔にです」
「込んでたのよ」
「知ってます。長蛇の列が出来てました」
「たったの三個よ。女性用のは」
浅草公会堂は、立派な劇場であるのだが、トイレだけはだめだ。
設計ミスだ。
歌舞伎の観客は、圧倒的に女性が多い。
にも拘らず、トイレの男女比は圧倒的に男性優遇だ。
だから「近い」女性は、浅草公会堂には、行かない方が良い。
私は男だから、随時可能だ。
だから、平然と飲んでいる。

幕が上がると、華やかな茶屋の広間が現れ
「仮名手本忠臣蔵」が始まった。
七段目、ご存知「祇園一力茶屋の場」である。
大星由良之助を尾上松也。
今や若手のホープであり、この浅草歌舞伎でも、座頭を務めている。
実際に、貫禄と言うものが、その身に備わりつつある。

お軽を米吉。
兄の寺岡平右衛門を巳之助がやった。
彼は、討ち入りの秘密を知った、妹のお軽を殺してでも、
由良之助の心証をよくし、討ち入りのメンバーに、
加えてもらいたいと思っている。
巳之助も悪くないが、米吉がもっといい。
美しく、そして、いじらしかった。
忠義のためなら、そして兄の武名のためなら、
我が命をも進んで捨てようとする。
女心の哀しさをよく表していた。
梅枝や児太郎と共に、次の時代を担う女形に、きっとなるであろう。

「心底見えた」
由良之助が現れ、二人を止めた。
先ほどまでの、酔顔は何処へやら、眼光鋭い由良之助がそこに居る。
お軽も平右衛門も、涙と共に平伏する。
七段目の、最たる見せ場だ。
観客も、お軽が助かり、思わずほっとする。

私は何時も、この場面になると、気が焦る。
由良之助の登場が遅い。
うかうかすれば、平右衛門がお軽を、殺してしまいかねない。
そのぎりぎりまで由良之助は現れない。

大体彼には前科がある。
塩冶判官が切腹する時だって、遅れに遅れた。
「由良之助はまだか?」
これを何度、判官に言わせたことか。
「未だ参上仕りませぬ」
答える力弥だって辛い。
そうして判官の、意識の薄れた頃に、やっと現われる。
遅い。
由良之助ではなく、遅之助だ。
まったくもって、気を持たせるってない。

一時間四十分が、あっと言う間に過ぎた。
「一幕見」これはこれで、悪くない。
今後の参考事例にしよう。
下さると言うチケットは、とりあえず、頂戴しておいた方がいい。
「おヒマはありますか?」と誰かに聞かれたら、
私は山口さんのようには疑わず、
「ありますとも」と素直に大きく、返事をしようと思っている。



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着きました

パトラッシュさん

みさきさん、ご心配をおかけしました。
着いてみれば余裕の到着で、何もあんなに焦らなくても……と思ったことでした。

私は吝嗇な性格で、用事を二つ三つ兼ねるのが好きなのです。
なにやら、得をしたような気分になるからです。
兼ねておいて、焦る。
毎度、こんなことを繰り返しております。
もう、死ぬまでこの性格は直らないでしょう。
観劇の後、観音様にお参りしたことは、いうまでもありません。
これで当日、三つの目的を果たしたことになります。

2020/02/01 19:48:40

ハラハラ、ドキドキ

みさきさん

予定通り、学校を出られるのか、子供さんに質問されれば、もしかして、予定の時間に出られないかもしれないし、電車の接続によっては、これまた、間に合わないかもしれないし、もしかして、駅の階段を駆け上がられるのかしら……。ああ、着いたんですね、無事、奥様とも合流なさったのですね。良かった…。そしたら、なんと、歌舞伎のお話まで、
>そのぎりぎりまで由良之助は現れない。
全体のお話の流れに沿って、ずっと、ハラハラドキドキ、楽しませていただきました。
<(_ _)>

2020/02/01 16:43:17

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