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GRADO盆栽 〜龍凡の日誌〜

三鈷の松「さんこのまつ」 

2012年10月15日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


Bonsai cafe GRADO 
 〜龍凡の日誌〜


今日はよいお天気できもちがいいです☆




今朝お客様に不思議なものをみせて頂きました。




枝が三本の松。住吉大社にあるという。




通常の松は枝が二本しかありません。




ぜひ教えてほしいとお願いしてついて行った。




すると住吉大社のとある場所。




一本の松の木の下に落ちている枝が…全部三本!




拾ってきた☆






色々調べたんですが、住吉大社に三本の松の


エピソードがないので



高野山の三鈷の松のエピソードをご紹介。




三鈷杵(さんこしょう)

弘法大師が唐(中国)の国へ渡って、明州の港からの帰国の際
師の恵果(えか:けいか)和尚から贈られた密教法具の一種である
「三鈷杵」を東の空に向けて投げました。時に大同元年(806年)。
 投げた理由は「わたしが漏らすことなく受け継いだ密教を広めるのに
ふさわしい地へ行くように・・」という願いが込められていました。
帰国後、その三鈷杵を探し求めていると、弘仁7年(816年)頃
高野山の松の木にかかっているということが分かりました。
そうして、高野山の地が真言密教の道場として開かれるようになり
この松を「三鈷の松」と言うようになりました。

また、通常の松の葉は2本ですが、この松の葉は3本あり、三鈷杵の先(鈷部)が
中鈷・脇鈷と三つに分かれていることから、その形とあわせて 「三鈷の松」とも
呼ばれています。
「飛行三鈷杵」は、一時期、高野山から離れたことがあります。
平安時代の寛治2年(1088年)に、白河上皇が高野山へ登山されたおり、
展覧に供したと同時に、白河上皇に献じ、その後、鳥羽宝蔵に納められていたという
記録があります。次に順徳天皇へと譲られ、転々とした後、鎌倉時代の建長5年(1253年)
になって、また高野山に帰ってきました。
以降、高野山では「飛行三鈷杵」を非常に大切にし、現在まで厳重に保管されてきました。
通常は封印がされて納められているので、現在も、よほどの機会がない限り
見ることが出来ません。



現在も三鈷の松の周囲に落ちた松葉を拾い求める参詣者の姿をよく見ますが
いにしえの平安の貴族たちも、帰路のみやげにした、ということです。
三鈷の松の松葉は、お守りとして売られています。「三鈷の松」を財布にいれておくと
幸福になれるとか、お金が貯まるとかいわれているようです。





住吉大社のとある場所にこの松の木はあります。


しらずに落ちてた古葉を六本も持って帰ってしまった。


財布にいれておこう☆



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