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sheeperの書庫
女を幸せにできない男(29)
2013年01月28日
テーマ:テーマ無し
女を幸せにできない男(29)
めでたく話がまとまり、それこそ改めて、おめでとうございます、と新年の挨拶をした茂と益代だ。その二人を送り終えるのを待っていたかのように、みぞれ模様の天気が、雨だけを包み込むようにして、大ぶりのぼたん雪となった。
春日部の運転する車のフロントガラス。そこに粘り付くように、まとわりつくようにしながら、それを追いやろうとするワイパーの両端に、その嵩を増している。
あっという間に白くなる景色に、帰路の近道となる川土手を避け、表通りの県道に出た。
雪が車に向かってくるのか、車が雪に向かっているのか、その雪を見ていると、織り密度の高い、白いレースのカーテンの中に、前のめりになり、吸い込まれて行くように感じる。春日部は、正面を見ていた視線を近くの路面に落し、そんな錯覚から逃れた。
路面に積もる雪を避け、大通りには出てみたものの、そこにも、路面に積もる雪を妨げる車の往来が、極端に少ない元旦の夜である。
近頃の春日部は、滅多に車を運転しない。健康の為にと、少々の距離は、自転車を漕いで用を足す。冬用のスタッドレスタイヤがあるにはあるが、装着し直すのが面倒で、ノーマルタイヤのままだ。春日部がノロノロと運転をしていても、その事を邪魔だと思う車は、一台も往来していなかった。
二人の言っていた予定通りであれば、一月中はバタバタするだろうが、二月にでもなれば、親子三人で、落ち着いた心根の暮らしが始まるのだろう、と春日部は、茂と益代の事を思った。
ダッシュボードの中央についているデジタル時計が、丁度、零時を表示している。新年の元旦の夜も終わった。昨年の元旦は、いったい何をしていたのだろうか、と思った春日部だが、思い出せなくて、どうせ家でグウタラしていたのだろうと、苦笑いを浮かべた。今年の元旦は、舞台の上から、こいつは春から縁起がいいや、とでも聞こえてきそうだ。来年の正月には、今年の元旦に何をしていたか、確実に思い出せる。
確実に容赦なく、時は流れている。容赦なく流れる時の間隙を衝いて、茂は家庭と自らの洋食店という、時の流れに乗るための船を手に入れようとしている。
自分の船は、いった何だ?
一瞬、そう思った春日部である。
確かに何艘もの船に乗り換えた。最後に乗った船はドックに入れられたまま、次の船出を待っているのか、それとも大海原の向こうに沈もうとしているのだろうか。いや、きっと今の生活が、新しい船なのだろうと思いはしたが、いくら歳を重ねようと、新しい何かが欲しければ、自分で船を建造し、その新しい何かを求めて船出しなければならないのだ。きっと今は、港に居る自分なのだと、春日部は思い直した。
帰宅した春日部は、家の中の静けさに驚いた。ずっとこうだったに違いない。茂の訪問が、それを改めて教えてくれただけだ。
益代が茂に言った、女を幸せにできない男、とは、それが益代の真意ではなかったに違いない。
女を幸せにできない男と、男を幸せにできない女がいることが前提なのだ。男と女の幸せなんて、相手さえいれば、なんとでもなりそうだと春日部は思った。そもそも、幸せという言葉ほど、定義付が出来ないものはないではないかと。
寝室に入った春日部が、妻が逝く前の数か月間を思い出す。相手が居ても、あんな思いは、もう二度としたくない、させたくもないと思いながら、ふぅ〜っと、軽くため息をつく。
独り身の気楽さも、幸せといえば幸せだ。ベッドに身を横たえながら、そう思った春日部である。
〖完〗
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