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人生いろは坂
初めて買ったレコード
2014年02月25日
テーマ:テーマ無し
私の手元に二枚の古いレコードがある。このレコードは初めて手にした給料で買ったものである。宇土と言う熊本県の
小さな町のレコード店で買った。生来、音楽好きだった私は自分でレコードを買うのが夢だった。
私の住んでいた五軒長屋の真ん前に大きな大家さんの家があった。この家から毎日のように「ばくでんぼー」という
フレーズが流れてきて、いつしかモダンなその音楽に魅了されていた。ずっと後に知った事なのだが、この音楽は
「リボンとボタン」という音楽だった。
本当は「バッテンボー」とうたわれていた歌詞を「バクデンボー」と聞き誤って記憶していたのだ。そして題名も
「カフスとボタン」だとばかり思い込んでいた。それが映画「腰抜け二丁拳銃」の中で歌われていた「ボタンとリボン」
であることを知ったのは、ずっと後の事であった。
更には歌っている歌手が「ダイナ・ショア」であることも知ったのだ。以前、ホームページに思い出話として書いた
ことがあった。このブログを書くに当たって、も一度、「ボタンとカフス」あるいは「バッテンボー」で検索してみると
ヒットしたのは私が昔間違って書いたホームページの一節だった。
そして更にしつこく「バクデンボー」とだけ入力してみると、ヒットしたのが正しくは「バッテンボー」であり
この曲は「ボタンとリボン」という曲だったことが判明した。インターネット上の夥しい情報量とその検索能力に
驚きもした。私が以前、この思い出を書くときに検索した時にはヒットしなかった情報であった。インターネットは
恐るべき速さで日々進歩しているようだ。
今となっては遠い昔の懐かしい思い出である。今も繰り返し耳にした「バクデンボー」ならぬ「バッテンボー」の
フレーズが脳裏に蘇ってくる。無尽蔵に時間があった幼いころのことである。実は大家さんの家には、その当時では
珍しかった大きな電気蓄音機があったのだ。馬鹿でかい箱の上部がレコードをかけるところ、機械部分はその下にあり
恐らくは大きなスピーカーも付いていたのだと思う。一度だけ遠目に見たことがあって、これが電気蓄音機かと思った。
しかし子供だったこともあって、そんなものを買って欲しいなどと考えたこともなかった。夢のまた夢であったからだ。
社会人になったからと言って、わずかばかりの給料で電蓄など買えるはずもなく、小さなラジオと安物の蓄音機で
楽しんでいた。その二枚のレコードがペギー・リーのジャニーギターとサム・テーラーのハーレム・ノクターンだった。
なぜジャニーギターとハーレム・ノクターンだったのか、今もって思い出せないが何となく哀愁を帯びたペギー・リーの
歌と、なんとなく疲れたような都会的な雰囲気にあこがれていたのかもしれない。
ちなみにジャニーギターは「大砂塵」という映画の主題曲であった。やっと最近になって映画も手に入れることが出来た。
ハーレム・ノクターンはサム・テーラーなど多くのミュージシャンがサックスなどで聞かせている。
音楽は想像力を掻き立てる。砂塵舞う果てしない荒野を行くカウボーイ、カウボーイを慕う酒場の女主人、この取り合わせが
酒場のシーンと重なって見えてくる。一方、サム・テーラーの代表曲となったハーレム・ノクターン、見たこともない
ニューヨークと言う大都会、その下町の酒場、そんなシーンが浮かんでくる。私にとって青春時代を過ごした熊本での
思い出と重なって見えてくる思い出深い二枚のレコードである。
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