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覗けば漆黒の底(3) 

2014年03月20日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



覗けば漆黒の底(3)

「益川さんが釈放されたんだ」
 的田恭子が自社の地方新聞を手に、確認するようにして声に出し、社会部の記者である芳村雄太を見た。
 名刺の肩書には社会部となっているものの、二十人ばかりの小さな地方新聞本社では、いざとなれば社会部もくそもなく、オールマイティであるのが実情だ。
 事務員である恭子も例外ではなく、しばしば芳村と組んで仕事をさせられている。
「さん付けで呼ぶってことは、知り合いか?」
「ええ、益川さんの亡くなった奥さんと同級生なの。この五月で亡くなってちょうど三年になるわ」
「へえ、そうなのかい。君が四十一歳で、俺が五十歳。ちょうどこんな組み合わせの、九つ差の夫婦だったんだ」
「別に、わたしたちを例に出さなくてもいいでしょう」
 恭子が少しむっとした表情をし、芳村が苦笑いをした。
「現場で緊急逮捕でしょう。誤認逮捕だったってこと?」
「正確にはどうだかわからないが、世間はそう思うだろうな」
「どういうことなの?」
「事件時に益川が連絡したのは近くの交番だ。通常は110番なんだろうが、つい最近に近所の交番の、巡査の巡回があって、たまたま現場の居間に、その巡査からもらった名刺があり、それで咄嗟に連絡したらしい」
「そうなの?でもそれって、ちょっと不自然かも」
「不自然と言えばそうかもしれないが、相当な惨状だったらしいから、気が動転していて、たまたま目についた名刺の電話番号に電話したといえば、そうだと言えなくもないだろう。それに交番と現場は近いから、益川の判断が、あながち間違いだとも言えない。前田警部補もそう言っていた。状況を観て、駆けつけた警察官が手錠をかけたらしい」
「それでまた、たまたま交番に警察官がいたのね。それで、状況が益川さんを加害者だと示していたの?」
「呆然と立ち尽くしていた益川の、だらりと下げた両手に、それとみてすぐに分かる大量の血液が付着し、お前がやったのか、という警察官の質問に、何も言わずに立ち尽くすのみだったらしい」
「そりゃあ疑われるわよね。それで、その場で緊急逮捕ってことね」
「ところが署の取り調べでは、その紙面に書いてある通りの供述だ。益川の両手の血液からは、B型である小関裕翔の血液は検出されたが、A型である青木舞彩の血液型は検出されなかったそうだ。そこで、益川の両手に、小関裕翔ないしは益川正臣が最初に刺した青木舞彩の血液が混ざっていたとしても、青木舞彩を刺した直後に、小関自ら、ないしは益川が小関の心臓を一突きにして流れ出た大量の血液で、青木舞彩の血液が洗い流された、と推測し、両名の死になんらかの形で益川が関わった、とさらに推測しようにも、小関の両手に固く握りしめられていたサバイバルナイフの柄からは、益川の指紋は検出されず、握りしめられていた小関の両手からは、益川の指紋が検出されたそうだ。常識的に考えれば、小関から、いったんはナイフを抜いてやろうとした益川が、サバイバルナイフを握りしめている小関の、その両手を持って引き抜こうとした、というところかな。そのような形で、指紋も検出されたそうだから。つまり、益川の供述の真実性が高いということだろう」
「現状から考えれば、手錠をかけた警察官は正当な行為だけども、いろんな事情を知らずに、上っ面だけを見せられる世間は、きっと、迷惑をかけられた益川さんを誤認逮捕したと思うわね。それで、益川さんは無罪放免ってことね」
「いや、処分保留ってことだろうな。前田警部補も、いまひとつ腑に落ちないって表情だったしな」
「腑に落ちないって?」
「事件の三人の関係や何やかや、ってところだろう。事件が起きてまだ三日目だ。事件そのもの以外は、まだ何も把握していないんじゃあないのかな。可能性だけを言えば、益川が青木舞彩と小関裕翔の両名を殺害したのでは、ということもあろうし、青木舞彩を殺害した小関裕翔から、益川がサバイバルナイフを奪い取って小関裕翔を殺害した、ということもあるだろう。それをそうでないように益川が細工をした、と考えられなくもないということだ。しばらくは任意で、益川から事情をもっと詳しく聴くだろうし、事件の背景も調べ上げることだろう」
 益川が呆然と立ち尽くすのみだったという話を聞いた恭子は、香奈枝から聞いていた益川正臣の人物像とは、ずいぶんとかけ離れているような気がした。
 事件惨状が惨状でもあるし、人も年齢とともに変化し、今の益川があるのかもしれない。
 それに、香奈枝が益川のことを格好よく恭子に話していたのかもしれない、と恭子は思った。

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