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たかが一人、されど一人

安全保障問題 

2014年04月11日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

昨日俺々詐欺に騙されたお年寄りの報道を見ながら「お金はまるきり無いと困るかもしれぬが、余分にあり過ぎて詐欺にあったり、泥棒に持って行かれるのも考えものだ。その点、我が家は余分なお金が無いうえにぼろ屋ときたものだ。だから泥棒の心配も無いしな。」と言うと「お金が無いのはそうだが、泥棒がぼろ屋を狙わない、は嘘だそうよ。新築の綺麗な家は大概お金を使い果たしているので狙わず、むしろその横の古い家を狙うのが鉄則だそうよ。」との事。するてぇと我が家は泥的にとって絶好の狙い目になってしまう。しかも我が家は単に古いだけでなく、セキュリティー的な備えが何も無い。そんな話をしているうちに大昔のことを思いだした。我が家が近所でも比較的新しく、多少モダンに見えたであろう頃、結婚する前だからもう50年近く前になるが、一度泥的に侵入されたことがある。夜中寝ていると台所で物音がするので、弟でも来たかと思って声を掛けた。しかし返事が無いので、起きて見ようかと思った瞬間、布団の上から腹を思い切り踏みつけられた。「何をしているんだ!」と声を上げた瞬間、玄関から誰かが飛び出していく。この音を聞くまで未だ寝ぼけていたが、何か異常事態発生と目が覚めて、慌てて玄関に駆け付けたが、人影を確認できなかった。台所に行くと、流し脇の床に脱糞一塊が残されてただけの被害だった。泥的も目ぼしいものが何も無くて腹が立ったに違いない。翌朝念のために警察に来てもらった。唯一の被害について話すと、警官が教えてくれた。「腹が立ったのではなくて、奴らは度胸をつけるためのおまじないです。」その後半世紀を経て、家は十分ぼろ屋に変わり果てたが、家の中にお宝らしきものが皆無であるのは変わらない。それでも年老いた現在、腹を思い切り踏みつけられたら命に関わるかもしれない。本当は安全保障を真剣に考えた方が良いのだろうが、どうせ取られるものが無いのだからと、相変わらず真剣みが足りない。田舎育ちのせいもあるだろうし、内心日本は安全で平和な国と思っているのだ。しかし、国の指導者たちはそう思わないらしく、メディアを通して「今そこにある危機」についてしきりに警鐘乱打している。勿論偉い人が仰るのは、我が家の財産が泥的に掠め取られる程度の甘い話ではない。外国との戦争に巻き込まれて、全財産どころか生命の危機が迫りかねないとのお話のようだ。偉い人が仰るのだからと、一所懸命考えてもなかなか得心が行かない。外国の事情に疎いので正確には分からないのだが、地球上には戦禍に曝されている国、戦争勃発に危機に怯えている国が相当数あることは知っている。アフリカ・中東・ウクライナだけでも相当だろう。しかし日本に対して政権の転覆を計ったり、領土を侵略しようと企んでいる国はそんなに多くはあるまい。強いて言えば、米国が日本に使い勝手の良い基地を拡張したいと考えているぐらいしか思いつかない。政府は北朝鮮と中国を引き合いに出すが、素人考えでは彼らが日本を侵略するとは到底思えない。確かに尖閣諸島についてはトラブルが続いている。しかしこれは中国や台湾が話し合いを求めているのであって、力づくでも奪い取ると言っている訳ではない。それをことさら軍拡に結び付けたり、訳の分からぬ憲法解釈をちらつかせて事を荒立てているのが日本ではないか。盗られるものが何もない我が家は兎も角、豊かな我が国の安全保障で「今そこにある危機」は安倍内閣の存在そのものにしか思えない。

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