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萩城跡 志都岐山(しづきやま)神社 萩市 

2015年10月26日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


萩城跡 
志都岐山(しづきやま)神社 
天樹院





 萩市街の西北端、指月山の麓に位置し、山名をとって指月城とも呼ばれた。
山麓の平城と頂上の山城とを併せた平山城である。


当時輝元は隠居していたが、その子、初代藩主秀就が幼少のため、築城後も政務を執っていた。


以後代を重ねること、十三代の敬親に至って、国事を処理するに不便なため文久三年(1863)四月山口へ移った


ついで明治七年(1874)建物のすべてが解体された。







橋を渡ると入場料を徴されます



扇の勾配






鳥居がほとんど見えません
この奥が志都岐山(しづきやま)神社


大河にも出てきました


高い台座に乗る萩狛犬


明治十四年(1881)
















台を支える邪鬼?
素晴らしい彫りです





万歳橋から参道




群馬県令従五位 楫取素彦の刻
萩独特の形の井戸



説明板


拝殿


本殿


旧厚狭毛利家萩屋敷長屋







萩藩を創設した毛利輝元の墓所。
ここは元は輝元の隠居所(四本松邸)で、輝元亡き後に
天樹院という菩提寺が建てられましたが維新後に
廃寺になりました。





竹林に囲まれた静かな場所に五輪搭の墓が残っています。


殉死者の長井元房の墓石
その元房の可愛がっていた猫も飼い主の後を追うように 元房の死後49日にココで舌を噛んで死んだんだそうです








輝元と夫人の五輪塔

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