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人生いろは坂
何かを得れば何かを失う
2015年11月01日
テーマ:テーマ無し
私たちの体は一つしか無い。従って、何かを得ようと思えば何かを諦めなければならない。同じ時に
二つのことは出来ないからだ。私は数年前から公的な仕事をしている。降って湧いたような経緯から
こうなったのだが、面白くて、やりがいのある仕事だ。しかし、何しろ忙しい。そして責任の重い
仕事だ。誰かに任せるわけにはいかない。
こうして児島市民交流センターで3年数ヶ月、そして今のむかし下津井回船問屋で3年間の勤務を
約束している。約束の3年と言えどもどうなるか、その時になってみなければ分からない。
こうして日々忙しく過ごしている。やりがいのある仕事であり、自分の意思のままに動かしていく
ことが出来ることなので、単なる勤め人ではない。責任も重いが、その大変やりがいもある。
一方、我が家ではずっと前から畑を作っている。季節ごとの野菜や他にも果樹をたくさん植えている。
これら全て私の若い頃から趣味として始めたものだ。野菜や果樹は手をかければ手をかけるほど良く
出来る。良いものが出来る。
しかし、今は勤務先の仕事を最優先にしているので、どうしても手抜きになってしまう。その上
年も年、若い頃のような頑張りは効かない。無理をすれば必ず後日になって、何らかの異常が出てくる。
体を何とか騙しながらやっているような状態だ。
こうして何かを得れば何かを失う。人は他人のことを羨ましく思う。時には妬ましく思う。そうした
心は異常な行動となって現れる。その結果、他人だけでなく、自分自身も傷つくことが少なくない。
これら全て自分自身から発したことだ。それなのに、あたかも他人が悪いかのごとく思い込んでしまう。
実は同時進行で二つの幸せを売ることが出来ないように、他人とは同じように行かないことが当たり
前のことなのだ。それは置かれた条件が全て異なることでもあり、そもそも自分の心と相手の心とは
まるで異なるからだ。
他人のことを羨んだり、妬んだりすることは、意味の無いことなのだ。他人は他人、自分は自分。
そして一つを得れば一つを失う。これがこの世の有り様だと言うことを考えておきたい。
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