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独りディナー
熱中時代
2018年07月30日
テーマ:音楽
白内障の手術をした。
しばらくは、目を使うのは控えよう、と思いユーチューブをたくさん聴いた。
やはりしんみりと聴きたくなるのは、ピアノ曲だ。
それも、ショパンとラヴェル、いまの精神状態には適当なのだろう。
果てしなく美しく、憂鬱さがありながらあくまでも上品である。
サンソン・フランソワの演奏を主に聴いた。
CDになってから(古い話だが)すべて買い直していないかもしれないが、レコード盤は沢山持って居た。
元はと言えば、弟が心酔していたピアニストだった。
真似がうまい弟のピアノを、周りはフランソワ以上にフランソワ的、と揶揄していた。
当時真面目な大学生だった私は、余りに楽譜のリズムから逸脱した演奏、としてお気に入りでは無かったけれど。
家の中では、いつもフランソワのレコードがかかっていたので、洗脳されていったのかもしれない。
何回かの東京公演も聴いた。
早世したので、いまとなっては生を聴いた人の数も、余り多くは無いだろう。
フランソワは、アンコールに、ドビュッシーのベルガマスク組曲の第4曲目「パスピエ」を度々弾いた。
左手で弾き続ける八分音符の分散和音が、絶妙なリズムをきざむ。
パスピエ、とは古い踊りだから、均等に弾くのは問題外としても、踊りそのものを知らない私にとって、それは未曾有の世界をちらっと覗き見させて貰った気分であった。
今は、ユーチューブで、彼がどのように腕を使い、どのように指を使っていたか、何度も細部にわたってみる事が出来る。
あんな風に弾けば、簡単に弾けてしまえそうな気もする。
そのあんな風に弾く、と言うそのことが、至難な訳だけど、勿論。
10年くらい前だろうか、まだブログを始めたばかりの頃。
フランソワの弾くラヴェルのピアノコンチェルトについて、書いたことがあった。
その当時、一部の映像がユーチューブに載って居たのだけれど、確か三楽章の映像が見つから無くて、そのことに触れたのだった。
すぐに、コメントがきた。
そのブログは、娘が作ってくれた個人ブログだったので、何のサークルにも入って居らず、何かの言葉でバッティングした人からのコメントが、たまに寄せられるばかりだった。
その人は、フランソワに関する事のみに、アンテナを張って居る人らしかった。
私が、生フランソワのコンサートを聴いた、と言うのがヒットしたらしい。
個人的に、件のラヴェルの映像をもっているので、コピーを渡しても良い、というコメントだった。
私が自分の居住地を明かしていた、そのことが幸いしたのだろう。
その人は偶然にも、居住地が比較的近く、私よりは大分若い女性で、ある日お言葉に甘えて一緒にランチをした。
その時戴いたDVDのディスクが、残念ながら今、見当たらない。
そのうち、ディスクを全部取り出してみれば、見つかるだろうと思うけれど・・。
ラヴェルのコンチェルトは、留学中に勉強した曲だ。
卒業試験のプログラムにも組んだ曲で、結構色々な思い出がある。
レッスンが終わって、学校から戻ってくる帰り道とか。
コンチェルトのレッスンは、いつもオーケストラパートの伴奏を、先生が弾いて下さった。
伴奏パートの旋律を聴きながら、ソロパートがオブリガートの様に細かい音符を響かせていく、あたかも天上の音楽が頻出するような二楽章。
ジャズの手法を取り入れたとも言われる、鋭いリズム感の切り込みが魅力の三楽章。
鞭の一撃から始まるという、画期的な一楽章の始まり
。
ラヴェルは同時期に、戦争で右手を失った富豪のピアニスト、ヴィトゥゲンシュタインの為に「左手の為のピアノコンチェルト」も書いている。
こちらの方が、よりジャズっぽい印象だ。
フランソワとラヴェルにはまっている、今は、人生何度目かの熱中時代。
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