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いやな感じ 

2019年04月04日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


元記事 新元号「令和(れいわ)」を決定する過程で、政府が検討した6つの最終案がすべて明らかになった。 日本の古典に由来する案は3案で、「令和」のほか、日本書紀を出典とする「英弘(えいこう)」、日本古典と中国の詩経を出典とする「広至(こうし)」が検討されていた。また、中国の古典からは「万和(ばんな)」「万保(ばんぽう)」「久化(きゅうか)」の3案が出ていた。  1日放送のテレビ朝日系『スーパーJチャンネル』に出演した安倍総理は、有識者懇談会では全員が出典を日本の古典にすることで一致し、「令和」を推す声が最も多かったと明らかにした。 そうしたなか、「『令和』以外の5つはケチのつけようがない」と指摘するのは、歴史学者で東京大学史料編纂所の本郷和人教授。令和の「令」の字に理由があるとして、3つの点を説明する。 「『令』は上から下に何か『命令』する時に使う字。国民一人ひとりが自発的に活躍するという説明の趣旨とは異なるのではないかというのが、まずひとつ批判の対象にならざるを得ない。  もうひとつは、『巧言令色鮮し仁』という故事。“口先がうまく、顔色がやわらげて、人を喜ばせ、媚びへつらうことは、仁の心に欠けている”という意味で、この『仁』は儒教で最も大切な概念。今でいう『愛』を意味し、それに一番遠いのが巧言令色だと言っている。そこが引っかかる。 皇太子殿下は日本中世史の研究者で、当然『令旨』という言葉もご存知だと思う。これは皇太子殿下の命令という意味で、天皇の命令ではない。つまり、『令』という字は皇太子と密接な結びつきがあるもので、天皇の密接な関係があるのは『勅』『宣』などの字。(天皇の生前退位で定める)新元号とは少しずれている」  本郷氏はこれらを踏まえ、「普通に使うと使役表現となり、中世の人に読ませると『人に命令して仲良くさせる』となる。日本の古典から取ることは何の問題もないと思っているが、どうも自発的な感覚ではなくなってしまう」と改めて述べた。 これを受けてフリーアナウンサーの柴田阿弥は「決まってしまったものはどうしようもないですし、本郷先生が言うように捉える人がいるだろうということも想像できる。いろいろな意見があって然るべきだし、どんな元号かよりもどんな時代にしていくかの方が大切かもしれない」と意見を述べていた。(AbemaTV/『けやきヒルズ』より) ------------------正直は美徳と思って言ったのだろうが自分の知識の高さを誇らし気に言っているようで嫌味を感じる 喜ぶときは、まあ、胸に一物あったとしても喜んでおくのが大人の対応だろうしここであえて正直さをアピールしなくてもいいのに それにこの学者さんの言うことがいちいちごもっともとして、今更変えられるはずもない年号の命名権は政府だし悪いからといって変えたら、それこそ内閣は解散だわ 世の中には徹底抗戦すべき時とそうでない時がある どんなときにも目くじら立てて正義を振りかざす人は何か逆に信用がおけない 年号ぐらいいいじゃん多少おかしな意味合いが含まれていても感じたとしても どんなものにも完全なんてないですし他の五つは文句のつけようがないなんてこの学者さんよく言うよ 文句つけようと思ったら他の五つだっていくつも思いつくしさあ その意味でもこの学者さんの誇大癖がわかってしまう 偏屈の性格は有事の際出してくれればいいまあ、こんな人ほどいざとなったら政府御用達の学者に早変わりするかもと思えてしまうのは 私が同じタイプの人間だからなのかなぁ(笑)  にほんブログ村

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