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たかが一人、されど一人

ジャーナリストの役割 

2023年08月14日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 いわゆる夏バテだろう、どうも頭がシャントしない。昨日も愛読者の方から、大分お疲れの様子と心配のコメントを頂いてしまった。暑さもさることながら、6号7号と切れ目なく続いている台風の影響にうんざりしてる意味もある。明日は終戦の日、78年前の明日から日本は大きく変わったとも言える。残念なことであるが、変わるに当たって明治維新からそれまでの77年を総括できれば良かったのだろうが、占領軍に媚びへつらうことが優先で、多くの大人たちは冷静に自国の間違いを反省することが出来なかった。勿論阿南陸軍大臣を始めとして、個人的責任を自殺という形で現した人は多数いる。また、平和憲法制定で軍国主義が総括出来たとは思えない。やはり、マスコミが頭を冷やして冷静な分析をする必要があったと思う。ジャーナリストは当時も今も同じで、時の権力者を忖度しがちで、上手に言葉を操るが結局政権をヨイショする形になってしまうものらしい。その意味からすると、敗戦の責任を自覚して朝日新聞を辞職して、故郷秋田で「たいまつ」なる小さな新聞を発行して太平洋戦争従軍記者としての経験・反省から、戦後に反戦・平和を訴え続けた武野武治氏は尊敬に値する。ついでにもう一人、我が故郷長野の地方紙「信濃毎日新聞」の記者桐生悠々(本名 政次)氏を取り上げたい。彼は石川県出身であるが、戦前から「信毎」の主筆を務め軍部の大演習をあざ笑う論説を掲げたりして軍部から睨まれていた反骨精神旺盛な人物。故に何度も辞職追い込まれながらも屈せず、復活しては軍部批判を続けた。彼にも敬意を禁じえない。少し昔に遡れば、早稲田大学出身で東京毎日新聞社から雑誌「東洋経済新報社」に移籍して軍国主義に反対し続け、戦後政界に転出、首相にまでなりながら病魔に倒れて辞職至ったジャーナリスト出身の政治家石橋湛山氏もいる。石橋氏のあとに出現したのが昭和の妖怪岸信介氏。これが日本のケチの付き初めだったかもしれぬ。彼は長野の隣、山梨県の人である。

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