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パトラッシュが駆ける!
我慢不我慢
2012年12月07日
テーマ:テーマ無し
大宅壮一は、毒舌の評論家であった。
友人である作家、十返肇が死んだ時に、その葬儀で弔辞を読んだ。
「あなたは長く、粗衣粗食に耐え、粗○○に耐え、著作に励み・・・」
故人を褒めたが、これに十返夫人が、激怒したと伝えられている。
○○は、憚りあって、はっきり書けないが、女性を侮辱していると、
取られて仕方ない卑語だ。
「失礼ね」
柳眉を逆立てたのも、そりゃ無理からぬと、私も思う。
実は、大宅さん一流の、諧謔ではあるのだが、文字通りに取れば、
そりゃ怒って当たり前となる。
戦後のある時期まで、日本国民の多くは、粗衣粗食に耐えていた。
作家など、生産性のない職業であり、とりわけ、食うや食わずであったろう。
そんな世の中でも、いや、そんな世の中だからこそ、人を褒めるに際し、
その業績を称えるに際し、「耐える」は価値を持っていた。
「艱難汝を玉にす」「ならぬ堪忍、するが堪忍」
なんてことが、座右の銘とされた時代が、この国では長く続いていた。
* * *
私自身も、忍耐強い方だと思っている。
育った時代が時代であった。
正に、戦後の混乱期であった。
様々な面で、我慢を強いられた。
これはしかし、不運とばかりは言えない。
厳しい冬の時期に、足踏みされた麦が、
春になるや、強く伸びるのに似ている。
社会が豊かになるにつれ、窮乏の時代を知っているだけに、
得られるものの、全てがありがたかった。
だから私は、育った時代を、むしろ幸運だったと思っている。
これが逆だったら、さぞ辛いことになっただろう。
「我慢しない時代」になって久しい。
「我慢出来ない時代」とも言えよう。
そんな中で、我慢出来ることは、大いなるアドバンテージではあるまいか。
そう思っている。
だから、節電なんか、お手の物だ。
10%20%、どんと来いだ。
何時でも付き合ってやるぜの、覚悟がある。
* * *
ある飛行機の中でのことだ。
乳児が長い時間、泣き続けていたらしい。
それこそ、離陸から着陸までであろう。
周辺の乗客は、さぞうるさかったであろう。
同乗していた、女性の漫画家が、これに怒ったらしい。
「もう少し大きくなるまで、飛行機に乗せてはいけません」
母親に向かって、言ったそうだ。
当人は「諭した」つもりらしいが、「噛み付いた」のが実のところだろう。
私はこれを聞き、悲しくなった。
とうとうこの国は、ここまで我慢の出来ない人々になってしまったか・・・
そう思うと、何とも、情けなくなった。
赤ちゃんの泣くのは、これ仕事ではないか。
お母さんにだって、止められないことがある。
何と心無い言葉で、弱い立場の者を責めるのだろう。
私は我慢強いつもりだ。
しかし、この漫画家、さかもと某には、どうにも黙って居られない。
「この、ド△△め!」
そのお母さんの仇を取り、面罵してやりたいのだが、その機会のないのが悔しい。
ちなみに△△もまた、女性を侮る時に使う、卑語である。
一方で、私はやはり、我慢強い。
赤ちゃんが隣で泣こうが喚こうが、構わない。
それが何時間続こうが、耐えられる自信がある。
「いいよ、いいよ、もっと泣きな」
言ってやれる自信がある。
節電の10%より、もっと自信がある。
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赤ちゃんは・・
まあ仕方がないで気になっても許せますが、2歳、3歳いや5歳くらいでもキ〜キ〜かん高い声で泣かれると難儀です
人様の子ゆえ、叱るわけにもいかずじっと我慢ですが、腹の中ではどっかへ連れて行って泣かせとけ、とぶつくさ言ってます
こういう子が大人になるとどんな人間になるのか要らぬ心配をしてしまいます
2012/12/07 21:57:31