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パトラッシュが駆ける!

卒業近くして 

2013年07月27日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

碁は終ったのに、N男が帰ろうとしない。
何時もそうだ。
テレビを見たがる。
子供向けのアニメ「ドラゴンボール」などだ。
これがまた、戦闘シーンばかりで、実に騒々しい。

ひょっとしてと思い、ある時、聞いてみたら、やはりだった。
家には、テレビがないのだそうだ。
お母さんの、教育方針と思われる。

母一人、子一人で、近くのマンションに、暮らしている。
父親のことを、ほとんど話さないところを見ると、何か事情があるのだろう。
普段は明るいのだが、時たまふっと、寂しそうな顔を、見せることがある。
他の生徒が、夏休みに、何処そこへ出かけると、話している時などだ。

私の、囲碁の生徒である。
見込みがありそうだから、この手で、鍛えてみたいと思い、「おいで」と誘った。
そうしたら、日曜ごとに、私のサロンに、来るようになった。
去年の正月のことである。
その時、三年生であった。

当初、九子を置かせて教えた。
囲碁における、ハンディキャップである。
ゴルフと同じで、これが多いほど、力の差がある。
だから、碁をやる者にとって、これを減らすことが、目標になる。

三連勝したら、石を一つ減らさせる。
ごく一般的な、やり方だ。
当初、その減り方は、ゆっくりだったのだが、ここへ来て、ピッチが上がっている。
現在、二子。
ということは、私に、もう一歩のところまで、迫って来ている。

「私に追い着き、追い越して行ってもらいたいです」
かつて、彼のお母さんに、メールで言ったことがあった。
それが、二年足らずで実現するとは、正直思わなかった。

「互先」という、ハンディなしの戦いが、間もなく始まるだろう.
それに負ければ、今度は、私が黒石を持つことになる。
先生と生徒の、力関係が逆になる。
これは少々、困ったことになった。

 * * *

「帰らなくていいのかい?」
「お母さん、居ないんだ」
「日曜なのに?」
「図書館に行ってる。勉強しに」
「ああ、そうか、お母さんは、大学の先生を目指しているんだったね」
「夕方まで帰って来ない」
「じゃあ、居ていいよ。何でも好きなものを見りゃいい」

本日はもう、碁を三局も打った。
私の一勝二敗であった。
私はそれで、草臥れてしまった。
本当なら、昼寝をする時間だ。
さっさと帰ってもらいたいのだが、それを言えないでいる。

常連客が一人現れたので、助かった。
彼とN男を、対戦させることにした。
私はそれを、横から眺め、時たま口を出す。
これなら、席主も、楽なのである。

そうしたら、K太とM子の、姉弟も現れた。
賑やかなことになった。
私のサロンは日曜日、子供の遊び場みたいになっている。

 * * *

「卒業を認定する」
N男に対し、こう言い渡そうかと思っている。
三連勝なんて、簡単だ。
彼には、日の出の勢いがある。
寝る度に、強くなる、そういう年頃だ。

それに対し、こちらは、夕日みたいなものだ。
沈む一方で、寝ているうちにも、弱くなっている。
教えることがなくなれば、もう、このサロンに来させる意味がない。

私はN男に対し、間もなく、先生の座を降りることになる。
これは本来、喜ぶべきことなのだ。
そう、自分に言い聞かせている。
今後は、より高段者の集う碁会所に、通わせようかと思っている。
そこでも頭角を現すようなら、そろそろ本気で、プロ入りのことも、考えねばなるまい。

 * * *

「アイスをどうぞ」
妻が子供達に、差し入れを持って来た。
N男は、歯列矯正の治療中で、甘いものは、お母さんに止められているはずだ。
「大丈夫だよ。ばれなきゃ、いいもん」
五年生ともなると、いっぱしに、親を欺くこともやる。

「今日の夕飯は、外に食べに行くの」
K太が言った。
「おう、家族で外食か、いいなあ。回転寿司かな?今日は・・・」
「おばあちゃんが、おごってくれるんだ」
K太の一家は、祖母を含めた六人家族であり、折々に、揃って車で出かける。

「回転寿司だったら、おれも食べたよ。10皿食べた」
N男が横から口を出した。
「おお、すごいな」
「でも、一度しか、行ったことがない。お母さんの友達が来て、三人で行った」
「そうか、よかったな」

それきり、N男は黙っている。
私は、何と言っていいか、わからない。
今時、回転寿司なんて、庶民の日常食だ。
子供は特に、ああいう仕掛けが楽しいものだ。

「先生と一緒に、行こうか?」
喉まで出かかった言葉を、あわてて、飲み込んだ。
出過ぎたことを、してはいけない。
私は単に、囲碁を教えているだけだ。

卒業を言い渡しても、N男は多分、その後もサロンに来るだろう。
他に行くところがなければ、仕方ない。
回転寿司はともかく、そのくらいは、好きにさせようと思っている。



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mickeyさん、こんにちは

パトラッシュさん

大人をやっつけられる・・・
ということは、自信にもなり、そして快感でもあるようです。

このまま私の傍に居させるのが、良いのか、それとも、
もっとましな師匠のところへ行かせるのが良いのか・・・
難しいところへ、差し掛かっています。

2013/07/27 11:55:51

喜美さん、こんにちは

パトラッシュさん

そうです。とても頭の良い子です。
お母さんは、大学教授を目指しているくらいで、その血をひいているのでしょうね。

しかし、時たま見せる、さびしそうな表情が、気になります。
何処かに線を引いておかないと、私はつい、深入りしてしまいそうなのです。

2013/07/27 11:51:15

【N男くんへ】

さん

居場所ができて良かったね。

そしてそこで才能を見いだされ、自信がついたことだと思うよ。

囲碁のきっかけを与えてくれた先生のことは卒業しても忘れないでね〜。

あっ、卒業してもTVを見に遊びに行ってもいいそうだよ〜。

【パトラッシュさん】

今は、寂しい子に声をかけてくれる大人が減ってき
て。。。親も我が子の寂しさに気づいてないことが多くて。
パトラッシュさんのような方が増えてくれたらいいですね。

2013/07/27 09:25:17

N男くん

喜美さん

賢い子なんですね 中々誰もがそんなに上達しないでしょう
私だったら回転ずし連れて行ってしまうわ
先生が一人の子にそうは出来ないわね
裕福でバカな子ほど困るわね
色々の子供と接して楽しいでしょう

2013/07/27 09:16:44

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