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パトラッシュが駆ける!

坊さん志願 

2013年08月03日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「丸刈りにしてくれ」
男が言った。
私より先に、入店した客だ。

彼は、私の5メートル前を、ゆっくりと歩いていた。
私の目指すビルへ、先に入ったので、もしやと思った。
地下への階段を下り始めた。
もうだめだ。
彼も同じく、床屋を目指している。

そうと、知っていたら、私の事だ。
途中で、さっと追い越し、私の方が先に、店のドアの前に、
立っていただろう。
一瞬の決断が遅れ、客一人分の時間を、ロスしてしまった。

気の短い私は、待たされるのが、何より嫌いだ。
しかし、髪が伸び、鬱陶しくていけないから、やって来た。
今さら、他店に回る選択肢はない。
もう何年も、この床屋に来ていて、すっかり慣れている。
そして、ここより安い床屋は、多分、他にないだろう。
「カットだけ」
これで、1050円なのである。

「二分にしてくれ」
椅子に座った、男が言った。
丸刈りと言っても、スキンヘッドではなく、
いくばくかの残根は、残すようだ。
「顔剃りは要らない。シャンプーも要らない」
男は、さらに言った。

電動バリカンが、軽いうなり声を上げ始めた。
見る見る、まあるい頭が、出来上がって行く。
ああ、こう言う手もあったか・・・
私は感心しながら、その刈り取られる、髪を見ている。

見るからに、涼しそうだ。
例えば、ウォーキングの途中でも、公園の水道の蛇口に、
その頭を押し当て、さっと一浴びすることも出来る。
さぞ、爽快であろう。

「お待たせしました」
前々客が終り、私に声がかかった。
「カットだけ」
「はい」
「裾はバリカンで刈り上げ、全体に短くして」
「はい」

このところの暑さには、うんざりしている。
汗を拭く度に、髪が鬱陶しくて、困っていた。
いっそ、私も・・・
前客の頭を見ながら、丸刈りにすることを、しばし考えていた。
その踏ん切りが、つかないうちに、順番が来てしまった。

人生は、何処で岐路を迎えるか、わからない。
物の弾みということがある。
もしも、前々客が手間取り、長く待たされていたら、
私は、思い切って、丸刈りを決断していたかもしれない。

「どうだ!」
帰って、妻に見せたら、腰を抜かすだろう。
「どしたのよ?」
「仏門に入ろうかと思う」
「やめてー」
その顔を、見てみたい気もする。

それにしても、前の客だ。
私より若い。
その髪たるや、私より、大分豊かであった。
と言うより、私が少な過ぎるのだが。

彼は、その髪に未練を示さず、丸刈りにしてしまった。
その潔さたるやない。
もしかしたら、重大な決心をしたのであろうか。
風采の上がらない、遊び人風に見えたのだが、実は、
傑物であったのかも知れない。
少なくとも彼は、この私に、一つの示唆を残している。

 * * *

私は、長いこと、金儲けの世界に生きて来た。
生きるために、仕方なかったとは言え、どっぷりと、 そこに漬かっていた。
だから逆に、打算と遠い世界に対し、
そこはかとない憧れがある。
その一つが、お坊さんだ。

良寛さんのような境遇に達せられたら、どんなにいいだろうか・・・
生まれ変わったら、お坊さんになりたいと思っている。
もっとも、それを言えば、教師もそうだし、医者や弁護士もある。
小島の灯台守なんかもいい。
私は調子者であり、何かにつけて、すぐにほれ込み、
憧れてしまうところがある。

どれもこれも、現世ではもう、間に合わない。
それならせめて、恰好だけでも・・・という頭がある。
もう一つ、人間は「断捨離」を果たし、無一物でこの世を去って行くのが、
理想ではないかという、そんな思いがある。
髪の毛もそうだ。
ふさふさの頭では、成仏に遠いような、そんな気がする。

「短くしたのね」
「いっそ丸刈りにと思ったんだが、思い止まった」
「急がなくっても、いずれなくなるんじゃないの」
「失礼な。今だって、あいつと同じくらいに、あるぞ。ほら・・・」
「あちらの方が多いです。それに、気品と言うものが、違います」

妻はにべもない。
丸刈りにしたいと言っても、どうせ、同意は得られないだろうから、
その時はもう、独断でやるより、ないと思っている。

折しもテレビには、イギリスの王子が映っている。
この度めでたく、パパになられたそうだ。
その頭髪が、意外に薄いので、驚いたところだ。
若いのに・・・
同情はしない。
妙な親近感が湧いている。



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追い越しのチャンスは

パトラッシュさん

医者の場合は、つらいですね。
そんな時に限って、前の患者は、難病だったりして・・・
短気をむき出しに、追い越すのも憚られますね。
おれは、そんな下賤な人間ではないと、装いつつ、
ひそかに、チャンスをうかがっています。(笑)

2013/08/08 12:00:14

待つのが嫌い

我太郎さん

>さっと追い越し、私の方が先に

待ちたくないのは誰しもで、イラツク度合いは人それぞれでしょう
私も気が短いタイプで、医者でよく同じようなことがあるんです
見え見えで追い越すのがなんやいやらしく思えて、遠慮して腹の中ではクッソウと思ってしまいます
医者の場合この一人の差が30分以上も違うことがあり難儀です

2013/08/08 08:53:39

似てる

パトラッシュさん

良香さん、こんにちは。
もしかしたら「良香」は、「良寛」さんから・・・
ですか?
(似てる・・・)
出家をお考えになった・・・
ぬくぬく世俗・・・
なんだか、私とそっくりですね。

2013/08/03 11:59:50

おや・・・

パトラッシュさん

喜美さん、こんにちは。
私も同じでした。
若いころは、髪が多く、それも硬くて、整髪に苦労したのものです。
その後だんだんと、苦労しなくなり、逆にさびしくなって来ました。

おや、喜美さんの家系は、お坊さんでしたか・・・
なんか、悟ったようなところの、ある人だとは、思っていました。

2013/08/03 11:55:30

心の葛藤が!

良香さん

おはようございます。

読み進むにつれ、パトラッシュさんの心の葛藤がとても良く伝わって来て、つい ウフフデシタ。ゴメンナサイ!

私も一時期、出家を考えた事が有りますが、俗界とも大切な家族とも離れられず、現在に至っております。

日々、ぬるま湯にどっぷりと浸かり、ヌクヌクと世俗の人を決め込んでおります。
               p(*^-^*)q

2013/08/03 10:41:43

丸刈り

喜美さん

主人は床屋に行く必要なく 
少し私が裾を揃えるだけなの
昔は髪が多すぎて床屋泣かせと
言われていたのに

お坊さん私の父が言っていました
先祖は有名な坊さんだったと
其れはわからない でもその血が入っているのかな 物事に拘らない
特に余りお金には拘らない なくても如何にかなるさと 
読ませていただき思いました
 

2013/08/03 10:13:50

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