sheeperの書庫

覗けば漆黒の底(5) 

2014年03月28日 外部ブログ記事
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覗けば漆黒の底(5)

 一年近く前のことだ。
 場所は大型ショッピングモールの屋上駐車場。
「おい、おっちゃん。あんた、僕のことずっとストーカーして、何が目的なのよ」
 正臣の前を歩いていた若い女が、突然振りかえると同時に、踵を返しながら言った。
 女の若さは、まだ十代のように思える。
 この年齢の娘は、自分のことを僕などというのが流行っているのか、と、そう思いながら、正臣は軽く笑うでもなく笑った。
「おっちゃん、何が可笑しいんだよ。裕翔、出てきな!」
 女と同じ年代だと思われる三人の男たちが正臣を取り囲んだ。
 女が裕翔と名を呼んだことで、因縁でもつけて、カツアゲでもしようというなら、こいつら素人だな、と正臣は思った。
 もっとも、偽名ということもあるだろうが、それにしても、それぞれの動きが緩慢だと正臣は感じていた。
 中年男一人を見くびっているのだろう。
 周囲を見渡した正臣だが、平日の午後一時過ぎの、屋上の駐車場ときては、閑散として辺りに人気はない。
 そうか、この時間を見計らってのことか、と正臣は思った。
 きっと、今日に限らず、ずっとこの機会を狙っていたに違いない。
 この春に高校を卒業した、この若い女である青木舞彩は、このショッピングモールに来るたびに、高校時代から正臣にストーカー行為を続けられていたと言い張る。
 舞彩の後を歩いていたのは、今日も偶然だと、いくら正臣が言っても無駄だった。
「学校も卒業したことだし、ストーカーのあんたからも卒業したいらしい。ザ・卒業記念といったところさ、悪く思うなよ、おっさん」
 そう言ったのは、舞彩に名を呼ばれた小関裕翔だ。
 チンピラ不良グループが、御託を並べやがって。
 そう思うと同時に後ろを振り返った正臣は、正臣を後ろから羽交い絞めにでもしようと思っていた一人の、隙だらけの股間に、左足の甲をすくい上げるようにして蹴りこんだ。
 ぐぇ、という声にもならない声を出し、股間を両手で抱えた男は、ゴツンと音が聞こえるほど激しく、膝からコンクリートの床の上に崩れ落ちた。
 両手で股間を抱えたまま、横向きに「く」の字になりながら、力なく足をバタつかせている。
 再び振り返った正臣は、突進してきた一人から、身を横にかわしざま、その男の鳩尾に、靴のつま先で回し蹴りを正確に入れた。
 この男も、ぐぇ、という声にもならない声を出し、膝を折るように尻餅をつき、膝を折ったまま、ゆっくりと天を仰ぐように、半身を反らせて崩れた。
 呆然としている裕翔に近づくと、掌底がちょうど顎の先端をとらえるようにして、ビンタのように裕翔の顔面をはたいた。
 裕翔がドスンと、尻からコンクリートの床に落ち、背にしていた鉄骨の柱に後頭部を預けた。
 正臣にしてみれば、どれも手加減をしたつもりではあった。
 頭からコンクリートの床に落ち、大けがにならないよう、前のめりに崩れ落ちるように対処したつもりだ。
 ひきつった顔で、全身を硬直させたような舞彩がいた。
「俺は車なんて持っていないんでね、お嬢さんの車まで行こうか」
 自分が自分でないままに、自分の車に乗り込んだ舞彩が、正臣を横にして、あらためて思った。
 身なりこそホームレスとまでは言えないが、車もなく、おそらく毎日のように、あちこちのショッピングモールで暇をつぶし、ホームレス的生活をしているこの男は、いったい何者だろうと。
 こうなった結果をみると、後ろからつけている三人の若者に気付いていた正臣が、舞彩の後をつけながら、この場所に来るのを待って、逆に舞彩と三人の男たちを嵌めた可能性もなくはない。
 だが、この置かれた状況が、そこまで思いを巡らす余裕を舞彩に与えなかった。

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