sheeperの書庫

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2014年05月04日 外部ブログ記事
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覗けば漆黒の底(27)

 枝豆に塩が振られていない。
 芳村はテレビに集中してニタついている女房には目もくれず、自らが台所に足を運び、ついでに冷え切っていなかった缶ビールを冷凍庫に入れると、食塩の入った小瓶を手にして居間に戻ってきた。
 いつも500mlの缶ビール一本のみの晩酌だ、そのくらいのことを満足にさせてくれてもいいだろう、そう言いたかった芳村だが、女房からの返事は分かり切っていた。
 女房に一瞥もせず、芳村が一言。
「躰を動かさないから、そんなに太るんだよなあ」
 その芳村の言葉は、テレビに反応した女房の甲高い笑いによって無視された。
 女房の座っているソファに並んで座り、しばらくは一緒にテレビを観ていた芳村は、再び台所に行くと、缶ビールを取り出し、それをトレーに載せて居間に戻ってきた。
 サイドテーブルに置いていた食塩の小瓶と、枝豆をトレーに載せ、それを片手に持つと、片方の手で天井を指さした。
 テレビから目を離さずに芳村の女房が軽く頷く。
 決して芳村と、その女房の仲が悪いわけではない。
 稀に連れ立っての外食には、芳村が驚くほどに喜んでくれ、あれやこれやと思い巡らせば、総体的に良き女房だと言えるだろう。
 二階の書斎で椅子に腰を下ろしながら芳村は思う。
 今の生活の難点を言えば、子もなく二十年を過ごしてきた自分たちは、間違いなくマンネリに陥っているということだ。
 言葉を変えれば、何の新鮮さもなくなった夫婦ということだが、さりとて、何の波風も立っていないのも事実だ。
 三十歳で結婚し、それを機会に双方の両親から、頭金の援助を受けて建てたこの家のローンは、支払いの年数をまだ十年余り残しているが、よほどの間違いでもない限りは無事に完済されるだろう。
 見方によっては、順風満帆な夫婦と言えるのかもしれない。
 仕事を離れてこうしている芳村の心は、決して満たされているとは言えないのだが、それだからといって、決して不幸だとは思っていない。
 これが人並みな幸せで、平凡に生きるということであれば、仕事を去るであろう十年後には、それこそ思い知らされる、と芳村は思った。
 多治谷が俺のような生活を宝物にしようとしていたのであれば、それは多治谷の無い物ねだりでしかない、とも芳村は思った。
 闇の権力とはいえ、その頂点に近く、好き放題に思い通りの女も抱けるだろうし、贅沢三昧もできるであろう多治谷のことが、羨ましくないかといえば、芳村にしてみれば、ほんのちょっぴりでもそんな気持ちがないわけではない。
 太く短くでも、好き放題に生きてみたいという気持ちがないわけではないのだ。
 ただ、こっちが思っているほど、あの世界での成功が簡単なものではないだろう、とは想像ができている芳村だ。
 今の多治谷に苦労がないかといえば、全く逆だろう。
 女がどうの、贅沢がどうのなどと思っている自分は下衆の極みか、と芳村は苦笑いをした。
 芳村が的田恭子に対する隠密裏の捜査協力を承諾したのは、親友の前田警部補のためだけではない。
 興味を持ったのだ、新聞記者として、的田恭子の友人として。
 その結果が芳村の新聞社にもたらす影響も覚悟している。
 警察権力以上に強く、芳村は真実を知りたいと思っているのだ。

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