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覗けば漆黒の底(28) 

2014年05月05日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



覗けば漆黒の底(28)

「芳村というやつ、おもしろいな。君がどういうふうに関わっているのかと、単刀直入に聞いてきたのか?それで、どう答えた」
「あの状況通りで、まさに警察発表の通りで何も無いわ、一体何が聞きたいのって答えたわ。だって、鑑識の結果も出て、もう警察の記者会見だって終わっているのよ。それに、覚醒剤を吸引していた小関裕翔が、かかってきた電話に過剰反応しながら、仲間たちと一緒のアパートから飛び出して行って、その足で青木舞彩を刺殺したことは、青木舞彩の死亡推定時刻と一致しているし、飛び出すときには、舞彩を殺してやるって口走っていたそうよ。それに、私が関わっているとしたら、あの写真を私にスクープされたことで忸怩たるものがある中央紙の連中は大喜びで、もってこいのネタだわ。うちの社の内輪でも、記者連中の妬みがすごいのよ。もし私が関わっていたとして、何かうちの社にメリットでもあるの?そう芳村さんに言ってやったわ」
「小関裕翔に誰が電話をしたか分かっているのか?」
「無理心中の結果は結果として、その一時間前に、青木舞彩の携帯電話にも電話が入っていて、誰かが二人を多治谷さんの借家に呼び出したのではないかと、警察側は今もそれを探っているみたいね。そのことにあなたが関わっているとしたら、あなたの身柄を再び確保して、改めてあなたのアラを探ろうってことじゃないのかしら。二人への電話は、いずれも梅林園近くの公衆電話からだったことが、通話記録から分かっているそうよ」
「そうか」
「あら、気のない返事ね」
「もう終わったことだ。何が出てきても大勢に影響はない」
「そうなの、あなたには何の影響もないというの?」
「私を取り調べた捜査一課の前田と芳村が同級生で、君と私の関係を知ったなら、そんな話しにもなるだろう。これまでも、痛くもない腹を探られたことは一度や二度じゃない」
「前田警部補じゃなくて、県警の暴対本部の梶木警部補と、A県警の向井警部からの依頼を、前田警部補が取り次いだみたいだわ」
 A県警の向井警部と聞いて、多治谷の表情が少し変化したように見えたが、声色に変化はなかった。
「同じことだ。いずれにしても大勢に変化はないさ」
 多治谷には、青木舞彩と小関裕翔に電話をしたのが誰であるか、おおよその見当が、いや、確信があった。
 五月晴れの空から落ちてくるようにして、時間差に吹く強い風が、ほんの少し頭頂部の薄くなりかけた多治谷の髪を大きく乱した。
 その前髪をかき上げながら言った言葉は、多治谷の若ぶりの見かけとは違って、なぜか恭子には不自然さを感じさせなかった。
「すべてに対し、敏感に反応していた若い頃とは違って、私も齢を重ねたのだろう。いろんな色が心の底に塗り重ねられ、研ぎ澄まされたように輝く漆黒の心の壁に反射する色が、見分けられなくなっているのかもしれない。いや、漆黒の壁そのものが曇っているのかもしれないし、心の底も、うんと深くなっていて、見えている色そのものを、見たくないと思っているのかもしれないな」
 多治谷のその言葉には、恭子は俯いたまま何も答えなかった。
 また強い風が吹いて砂埃が目に入ったのか、恭子が目頭を押さえた。
 その頭上に、青々とした葉をつけた桜の枝が揺れている。
 二週間前に芳村夫妻が訪れていた蕎麦屋の暖簾を二人はくぐった。

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