sheeperの書庫

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2014年05月10日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



覗けば漆黒の底(31)

 警察の恭子への、追尾の目を眩ます様にしながら、恭子に来店させる日時を耳打ちした磯田だが、その日はおろか、その後、恭子が「はんぱもん」に来店することはなかった。
 昨夜、好物のブランディーを飲み過ぎたというわけでもないのだが、今朝の磯田にはまだ酒が残っているような不快感があって、濃く淹れた日本茶を、寝間の着衣のままですすながら、今年の梅雨入りが遅いとは聞いているが、六月も半ば近くとなり、暑さと共に増している湿気が体調を狂わしているのだろうと、一向に自分の年齢を顧みようとはしないでいる、今年の九月には満六十五歳になる磯田なのだ。
「親父さん、姐さんから聞きましたよ、二日酔いですってね。飲酒の量はこれまでと変わっていないのだけれど、年齢が年齢だから溝部さんからも量を控えるように言って、と、わざわざ書き物屋の事務所から、店の厨房に顔を見せられまして、そのように・・・」
「なんだ、朝っぱらからドタバタとあわただしく階段をと思ったら、朝の仕込みの時間に、わざわざそんなことを言いに来たのかい」
 肚の底のどこかでは気にしていることを、ズバッと溝部に指摘された磯田の機嫌が、それこそ一気に悪くなった。
「いえ、それが話の主役じゃあないんで。ただ、姐さんに頼まれたことですから、言い難いことを、階段を上ってきた勢いで先に言っておこうと思いまして」
「なにが階段を上ってきた勢いだ。それで、その続きには何を話そうって言うんだ」
「昨夜遅くに、多分、終電だと思うんですが、この先の踏切で女が撥ねられたそうです」
 磯田の顔がさっと曇った。
「まさか、あの女じゃあねぇだろうな。そう言えば、昨夜の遅くに、救急車やパトカーの音が煩かった。それで寝付けなかったのが、今朝の体調不良さ」
「うまいこと歳の話を躱しまたね」
 溝部がニヤッとしながらそう言ったが、あとは真剣な顔つきに戻って話を続けた。
「市場の連中の一人が的田恭子の近隣だということで、朝早くから警察が来て、家族はいないのかと聴き回っていたそうです。どうやら、あの女は近くに身寄りがいないようです。それどころか、一年以上前に離婚していたそうです。それを市場の仕入れから帰ったカズが、うちのお客が電車に撥ねられたらしい、と話していまして、よくよく聞けば的田さんのことだったということで」
「あの踏切でということは、ひょっとすると此処に来ようとしていたのかもしれねぇな」
 そう言ったきり、磯田は渋い顔をしたまま黙りこくってしまった。

「こんなことになるために、俺は協力したわけじゃあないぞ。あれだけつけ回して、一体、何が掴めたというんだ。ただ単に、的田君を追い込んだだけじゃないか」
 なんてお前ら警察は能無しなんだ、と言いかけた言葉を飲み込んだ芳村だ。
「踏切にハイヒールのヒールが挟まっていたそうだ。まだ自殺とも事故とも分からんじゃあないか」
「そういう問題じゃあないだろう。三日にあげずに女が深酒だ。君たち警察が的田君を追い込んだのは確かだろう。君たちには、こんな結果になるかもしれないと予測もついていたはずだ。あれだけ仕事中も何も関係なくつけ回したんだ。精神的に追い込もうとしたことは、明らかだろう」
「場所を変えて話しをしよう」
 署内を見渡しながら、前田警部補が席を立った。

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