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覗けば漆黒の底(32) 

2014年05月11日 外部ブログ記事
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覗けば漆黒の底(32)

 河川敷公園の駐車場に車を入れた前田警部補だ。
「梅雨前の貴重な青空だ、歩いてみるか芳村」
 車を降りた前田警部補の後に、それを渋るようにして芳村が従う。
 黙ったままの前田警部補が五分も歩くと、周りに人気がないベンチに腰かけ、右手の平をベンチに差し向けて芳村にも座れと促した。
 これにも芳村が、それを渋るようにしながら従った。
「俺たち捜査一課と、暴対と、捜査二課がバラバラの動きだ。多治谷にたどり着くのは無理だな。もっとも、主体になっている無理心中事件については、表向きは解決だし、鑑識の結果も含めて、そのことに疑義は挟めない。従って、多治谷に的を絞って、俺たち一課が中心となり、合同捜査本部を、ってわけにもいかないってことだ。多治谷という漠然とした目標に向かって、それこそ漠然とした捜査をそれぞれがやっているってことだよ。それで万が一にでも多治谷にたどり着けた部署があれば大手柄だってなあ。しかも、多治谷の管轄の大元はA県警ときている。困難な捜査の中に手柄意識だけはあるが、どうせ他県警主体の事案だ。他所事意識もあって、根気となれば続きようもない。大きな壁にぶち当たれば、どうせ他所のことだってなあ。それぞれの部署が、それぞれに日々の業務を抱えているんだ。まずは膝元、日常の業務をこなすことが大事なのは言うまでもないだろう。俺たちは暇じゃあないんだ。日々発生する案件を処理するのに必死だ。少しでも手を抜けば、あっという間に事件だらけでがんじがらめになり、手の施しようもなくなる。言っておくが、的田恭子をつけ回していたのは俺たちじゃあない。そんな人手もありはしない。A県警にも問い合わせたが、あっちが嘘を言っていないとしたら、そこも違う。俺がお前さんに頼んだのは、根気よく的田恭子から、あの無理心中事件にありそうだと睨んだ、もっと深い経緯を聞き出してほしいという一点だ。聞き出した話しから、多治谷を拘束できなくても、もう一度、事情聴取できる事項が出てくれば儲けもので、後は、あの向井警部任せということだ。あくまで、お前さん頼みの、待ちの捜査を俺たちは選択したんだ。そう言ったじゃないか。ましてや、具体的にこうしてくれと頼んだのは、あの蕎麦屋の時だけだ。俺にすれば、的田恭子がつけ回されていたのなら、なぜもっと早く、それを俺に伝えなかったかと言いたい」
 言われてみれば、その通りかもしれないと芳村は思った。
「じゃあ、恭ちゃん、いや、的田君をつけ回していたの、一体、誰だと思うんだ。多治谷サイドなのか?」
「いや、A県警は知らなくても、向井警部かもしれない」
「彼もA県警の人間だろう?」
「警察庁から出向のキャリアだよ」
「若い警部だとは思ったが、どういうことだ?」
「捜査二課、若いが経済事案のプロで、相当のやり手だという噂だ」
「多治谷のことについては、俺たちの想像以上に、最重要事案ということだろうな」
「じゃあ、上の上が多治谷の尻尾を捕まえようと必死だということか?」
「そういうことだな、そうでなければ、俺もお前さんに的田恭子のことを頼んだりはしないさ」
「一ついいか?」
「お前さんには、随分と後味の悪い思いをさせたんだ。一つでも二つでも構わない。ただし、オフレコだがなぁ」
「君はあの無理心中事件の裏には何があると思っているんだ」
 隣のベンチ周辺に、数組のアベックが集まり始めた。
「平日だというのに、俺たちとは違って暇な連中が多くて羨ましい」
 立ち上がった前田警部補が駐車場の方向に歩き始め、今度は、芳村が慌ててそれに従った。

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