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パトラッシュが駆ける!

サラブレッドがやって来た 

2014年09月12日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

私は客のいない時、サロンの奥のデスクで、パソコンをやっている。
飽きると、傍らの木製ベッドに、転がる。
夏場はそこに、布団も何も、敷いていない。
板の間みたいなものだ。
木の堅さと冷たさが、微睡(まどろみ)にちょうどいい。

「こんにちは」
戸の開く音がし、女性の声が聞こえた。
寝ぼけまなこを、客に見せるわけには行かない。
慌てて飛び起き、両手で、顔をこすった。

見覚えのある顔が笑っている。
幼児を連れている。
「ああ・・・どうも」
私は、さらに慌てさせられる。
意外も意外、Iさんは、私には高嶺の花のような人だ。

「この子に囲碁を、教えて頂けないでしょうか?」
「はぁ・・・」
「私達で教えるのにも、限界がありまして」
「はぁ・・・」

そんなバカな・・・と思いつつ、いや、あり得ることかと、
思ったりもする。
喩えれば、こう言うことかもしれない。
彼女は、テニスで言えば、クルム伊達公子みたいな人だ。
この国の、女子テニス界の、第一人者であろう。

しかしながら、彼女に子供が居たとして、それにテニスを、
教えらえるかとなると、話は別だ。
もちろん時間的なこともある。
それ以上に、初心者教育というのは、文字通り、手を取り、
足を取りであって、少なからず根気の要る、厄介な作業なのだ。
プロだから、教えるのも上手い・・・というのは、早計に過ぎる。
レベルが違い過ぎ、むしろ難しいとも言える。
例えそれが、我が子であってもだ。

「お姉ちゃんの時は、主人が全てを教えました。でも、大変でした。
それでもう、懲りたらしく、この子までは、やりたくないそうです」
彼女には、旦那が居て、彼もまた囲碁界の、第一人者だ。
これもテニスに喩えれば、松岡修造みたいな人だ。

かつてこの国のテニスの、頂点に立った人である。
喩えついでに、もっと喩えてしまえば、伊達公子と松岡修造が、
結婚したようなものだ。
いわゆる、業界内結婚である。
そして子供が二人生まれた。
それをそっくり、囲碁の世界に移したと思えばいい。

「いいですよ」
断わる理由がない。
近くの小学校へ、私が、囲碁を教えに行っていることを、
彼女は知っている。
児童館へもだ。
そもそもは、そこで彼女と会い、面識を得たのである。
囲碁の児童教育ならこの人と、私を見込んで、訪ねてくれたのであろう。

「試しに打ってみましょう」
K子ちゃんを、碁盤の前に誘った。
テニスと違い、囲碁は簡単だ。
着替えも、ウォーミングアップもなしに、いきなり実技に入れる。

九路盤を使い、石を取ったり、取られたりをやる。
私なりの、初心者教育法だ。
これを横から、Iさんが見ている。
冷や汗が出る。
伊達公子さんに見られつつ、ラリーを応酬している気分だ。

終局し、K子ちゃんに、黒白双方の地を、数えさせる。
黒が十五に、白が十四まではいい。、
引き算して、さあ幾つですかと聞いたって、首を傾げるばかり。
それもそのはず、K子ちゃん、まだ四歳である。

 * * *

人生には、何が起きるかわからない。
一介の商人で、終わるはずだった、私の人生が、八年前、
請われて近くの小学校へ、囲碁の指導に通い出してから、狂い出した。

子供に物を教えるなど、私の任ではないと思ったが、やってみたら、
何とかなった。
次第に、慣れて来た。
子供に教えるのが、下手な人もいる。
それは、大人の立場で、物事を考えるからだ。

コツは、簡単である。
子供のレベルまで、おのれの立ち位置を、下げてしまえばいい。
時には、子供言葉を使ったりしてだ。
私は、児童館では「うれぴー先生」とあだ名されている。
街で会っても、そう呼びかけられる。

生徒が増えた。
店を辞め、その店舗だったところを、囲碁サロンにしてしまった。
全て、運命の赴くままにである。

そしてさらに、大変なことになった。
この私が、囲碁界の第一人者の子供を教える。
こんなことが、私の人生に起きて、良いのであろうか。

 * * *

「どっちに似たのかな?」
K子ちゃんの、そのあどけない顔を見て言った。
「主人に似てると、よく言われます」
元より、どちらでもいいことだ。
聞いてみただけである。

Iさんの祖父は、戦前の大棋士であり、その門下から、
戦後の囲碁界を担った、数多くの俊英が、巣立っている。
綺羅、星の如くであり、Iさんの父も、その一人だ。
一時期、名人位に就いたくらいの、実力者である。
囲碁の世界に、名流というものがあるとすれば、それはこの、
Iさんの系譜をおいて、他にない。

今、その末孫の一人が、私の指導を受けたいと言う。
これは何かの、間違いではないかと思ったりする。

「いい顔している。勝負師の顔だな」
四歳の幼女にしては、その目に力がある。
血は争えない。

もしかすると、彼女もまた、女流名人なんてことになりかねない。
しかし私が、その姿を見ることはないだろう。
馬なら四歳で、ダービーを制しもするが、人間だと、二十年ほどかかろう。
私はとても、生きている自信がない。



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お久しぶりです

パトラッシュさん

ももこさん、
お読み頂きまして、ありがとうございます。
旦那さん、四段ですか・・・
実は、私も同じくです。
自称ですけれど。

旦那さんに、囲碁界きっての名流と言えば、おそらく「ああ」と、うなずかれるでしょう。

その名流の子が、何故・・・
不思議です。
私は決して、大物なんかではないのですがね。

まあ、せっかくだから、やるだけやってみようと思っています。
女流名人になれなくても、責任を問われることは、ありませんから。

2014/09/16 21:03:42

楽しそうですね〜〜

ももこさん

いや〜、凄いことがありますね。
ということは パトラッシュさんが大物なのですね。

4歳のお嬢ちゃんを育ててゆく、大変だけど血筋が大物、
大きく育つのでしょう。
その成長に関われる楽しみですね。

夫も囲碁をしますが(4段…本当かな?)知ってる棋士でしょうね。

2014/09/16 18:59:54

特別児

パトラッシュさん

タンポポさん、
ご存知ないのも当然。
きわめて特殊な世界の話ですので。
それで、テニスに擬え、皆様のご理解を、得ようとしております。

4歳、まだ数えられないで当然です。
K子ちゃんは、特別。
しかし、さすがに、引き算は出来ませんでした。

2014/09/14 16:06:38

疎いもので

さん

何方のお嬢さんか存じませんが、責任重大ではありますが、同時にやりがいも出来ましたね。
きっと教え甲斐のある生徒さんになるでしょう。

私の孫娘も4歳ですが、いまだに数を数えるのもいい加減です。

2014/09/14 14:01:33

責任重大

パトラッシュさん

マリーさん、
差支えがあるといけないので、実名は出しませんでしたが、
囲碁をやっている人で、誰一人、知らない人は居ないくらいの名前です。

人生には、不可解なことが、起きるものですね。
赤い糸・・・
そうかもしれません。

責任重大です。
上手く教えられるだろうか・・・
少し心配です。

2014/09/13 07:37:35

凄い人が来たもんだ

さん

囲碁界のことは分からないんですが相当名のある方なのでしょう。

お近くに住んでいるなんて偶然でしょうが何かの巡り会わせで糸を手繰り寄せられたんです。
見えない赤い糸があったのかもしれません。

2014/09/12 21:17:47

どえりゃぁ

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
この名古屋弁は、状況をつぶさに表して、いいですね。

でも、他のことは、私には該当しません。
たまたまなのです。
宝くじに、当たったようなものです。

お願いですから、私を、木に登らせないで下さい。

2014/09/12 16:10:27

人を呼ぶ

さん

師匠は人を惹きつけ、「この方なら!」と思わせるものをお持ちなんですよ。

囲碁界のサラブレッドを親が託すということはどえりゃぁ(何故か名古屋弁)事ですから。

人格、教える事の上手さ、そして本当は一番大事なのは人としての魅力と信じられる事ではないかと思います。

師匠、栴檀の双葉を大きく育てて下さいね。

2014/09/12 15:53:20

やめて下さいよ

パトラッシュさん

喜美さん、
選び抜かれたわけではありません。
たまたま、家が近かったからです。

それに、仁徳なんて、そんな天皇さんみたいなもの、私には、ありませんて・・・
今度お会いしたら、納得されるでしょう。

2014/09/12 14:25:37

おめでたくはありませんって、

パトラッシュさん

秋桜さん、
私は日頃、定期検診も受けないくらいで、長生きする自信はありません。
(実は、あまりしたくもないもので・・・)
K子ちゃんの成長した姿を、見るか見ないかは、わかりませんが、
人生の中で、特別な生徒を教えたということは、
いい記念になるでしょう。

2014/09/12 14:21:20

今のうち

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
親子だと、甘えと厳しさが、もろにぶつかり合って、上手くいかないようです。
我が家の場合、子に教えてもダメでした。
孫におしえようとしても、反発して、上手く行きません。
他人がいいのかもしれません。

今のうちなら、吾喰楽さんだって、K子ちゃんに教えられます。
いかがでしょう・・・

2014/09/12 14:15:09

正に栴檀です

パトラッシュさん

風香さん、
梅沢由香里さんではありません。
実名を出すのも、何か問題があるといけないので、控えております。

おっしゃるように、四歳ながら、目に光があるような気がします。

2014/09/12 14:11:04

仁徳

喜美さん

あなた写真見せて頂いただけでも
仁徳があります
子供をおまかせするには やはり選び抜かれたのよ
頑張らず遊びながらで十分よ

2014/09/12 14:08:50

いえいえ

パトラッシュさん

のびたさん、
実は、棋力はそれほど、重要ではないのです。
教えるのは、囲碁の基本ですから。
有段者であれば、誰でも出来ることです。

2014/09/12 14:05:34

いえいえ

パトラッシュさん

geotechさん、
哲学なんて、私には、ないのです。
たまたま近くだったからでは、ないでしょうか。
(歩いて7分ほど)
彼女にとって、リスクもまた、少ないようです。
こりゃ、ダメだと思ったら、来なくなるだけですから。

2014/09/12 14:02:50

「うれぴー先生」ばんざ〜い♪

秋桜さん

おめでとうございます。
女流名人に育ったら、長生きしなくては!
パトさんは、なにごとにも秀でているのですね。
「ひと育て」の才もおありですヨ。

2014/09/12 14:00:56

歌舞伎

吾喰楽さん

歌舞伎の世界では、父親が教えるよりも祖父が教える方が良い、と聞いたことがあります。
囲碁でも、両親が教えると厳しすぎるのかもしれませんね。

今の時代、90歳代はざらに居ます。
それに、20年もかからないかもしれません。
「女流名人の育ての親」って、かっこいいですよ。
頑張ってください。

2014/09/12 13:28:39

濃い血筋

さん

4歳の女の子?
やはり、栴檀は双葉よりですか。

女性では梅沢由香里さんしか知りませんが、まさか、ですよね?

2014/09/12 13:23:57

指導はお人柄

のびたさん

すごいことですね プロの棋士の子女を指導すること かなりの水準が無ければできないことです
併せて子供を教えること 大人より難しいものがあるでしょう
知識だけでなく人格も備えたレベルアップが見込まれているのでしょうね

2014/09/12 13:08:38

見こまれてさらに育つ

geotechさん

それは、よほどあなたの人間性や
指導哲学に惚れたからでしょう。
でないと、リスクを冒してまで
そうしないでしょう。
サラブレッドはその技量が一流
であることもさることながら、
人間を見る眼も一流なのでしょう。

2014/09/12 11:25:38

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