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人生いろは坂

穏やかな日々は 

2015年01月25日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 人間とは実に勝手なものだ。平穏で穏やかな日々が続くとつい退屈になって刺激を求めるようになる。そうなると
もうブレーキが利かなくなり、結局は後で後悔するようなことが少なくない。

 それが仮想空間のゲームならまだ良い。しかし現実となると全く別物だ。それが現実の「戦争ごっこ」ではないだろうか。
子供の「ごっこ遊び」は仮想空間の遊びだ。従って、撃たれても死ぬことはない。傷つくこともない。もちろん血も流れなければ
痛みも感じない。

 しかし、若者が考えている「ごっこ遊び」ならぬ先の太平洋戦争はどうだったのだろう。敗戦が近くなって南方に派兵
された兵士の多くがマラリアと飢えに苦しみ、銃声に怯えながら、ついには息絶えた人が何万人といた事実を考えると
決してやってはいけなかった。「戦争ごっこ」に見える遠い異国の地での戦争とは言え、私たち戦争を知っている世代
としては簡単に見過ごすことは出来ない。

 ましてや私のように血の繋がった叔父が南方のニューギニアで哀れな死に方をしたかと思うと、決して他人ごとではない。
戦争は決して格好の良いものではない。スポーツのように勝ったからと言ってヒーローにはなれない。ましてや戦地とは
言え人を傷付け殺したとなると平静ではいられない。自分と言うものの人間性を殺して狂気に走らなければ人は殺せない。

 軍隊の中にはサディスティックな人もいて、そうした人たちは更に狂気に走る。閉鎖された軍隊の中では何が起きるか
分からない。それはベトナム戦争をテーマにした映画「プラトーン」にも描かれている。まさに狂気の世界なのだ。
そこには秩序も何もない。「戦争ごっこ」に対する憧れとは大きな差がある全くの別世界だと言うことをよくよく考えて
おく必要があるのではないだろうか。

 戦争と言うものの現実を知らない今の若い世代の人には読んで貰いたい本がある。大岡昇平氏が自らの体験を元に書いた
「野火」(のび)と言う小説である。また先に紹介したアメリカ映画「プラトーン」や「地獄の黙示録」なども目を逸らさないで
見て貰いた。しかし、これらも所詮は小説であり映画である。リアリティには事欠く。現実とは、このように生易しいもの
ではないだろう。

 私達日本人にもかつては政府の宣伝に踊らされ、マスコミの宣伝に煽られて戦地へ追いやられた狂気の時代があったことを
振り返って欲しい。学校でも教えて欲しい。特に現実の戦争をゲームと取り違えている子供や若い世代の人に。

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