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パトラッシュが駆ける!

順列と杞憂 

2015年08月21日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

中学の数学の時間であった。
私達は「順列」「組み合わせ」なるものを、勉強していた。
クラスの五十数人の中から、ABCDEの五人を引き出し、
縦に並ばせる。(横でもいい)
その並び方は、幾通りあるか。
異なる五人の組み合わせが、クラス内において、幾つ出来るか。
そういうことを学んでいた。

数学の先生は、余談が好きであった。
面白いことを言い出した。
短歌は三十一文字。
俳句はもっと短く、十七字しかない。
平仮名は五十音、それに濁音、半濁音などを加えても、たかだか知れたものだ。

例えば俳句を、平仮名で作った場合
(漢字だって、読めばひらかなになる)
字には限りがあるのだから、その組み合わせは、
早晩尽きるのではないか。
新しい組み合わせの、生まれる余地がなくなるのではないか。

俳句の将来には、限りがある。
だから、俳句なんぞ止めてしまおう。
と見切りをつけた俳人が居たそうだ。

「そんなことは、決してありません」
先生が言った。
黒板に数式を書いて見せ、仮に平仮名百字から、
十七字を引き出して、計算してみると、その組み合わせは、
ほとんど無限と言っていいほど、膨大になった。
「だから、俳句が行き詰まるなんてことは、ないのです」
自信満々に言った。

俳句の前途に対し、一瞬暗澹とし、
さらには人生の無常をさえ感じた私も、これを聞いて安心した。
そうだよなあ、そんなバカなことがあるわけがない。
目の前が明るくなりつつ、では俳句をやってみようかとは、
ならなかった。
取りあえず、安心しただけである。

数学の先生はさらに、黒板に「杞憂」と書いた。
「こう言う心配のことを、杞憂と言うのです。
これ本当は、○○先生の領分なんだけど」
国語担当の教師の名を挙げてから、おもむろに語った。
「昔、中国の杞と言う国の人がですね、
天が崩れ落ちて来るのではないかと心配し・・・」
この時の先生の顔は、どういう訳か、非常にうれしそうであった。

 * * *

これも昔の話である。
短歌の盗作が明るみに出た。
それが同人誌などの場でなら、さほどに大きな問題にはなるまい。
宮中歌会始の入選歌だったから、騒ぎが大きくなった。

“犯行”はすぐにばれた。
盗用された、元の作品は、かつて何処かの歌誌に掲載され、
少数ながら、この歌の存在を知っている者が居た。
新聞に載った、その入選歌を見た者が気付き、
やがてメディアの報じるところとなった。

“犯人”は、名誉が欲しかったのであろう。
たまたま見かけた、他人の作品を軽い気持で、借用に及んだようだ。
彼に、多少でも歌心があったのかどうか、それは知らない。
刑事罰を受けたかどうか、それも知らない。
少なくとも、面目は丸つぶれになったろう。
人に後ろ指も指されたであろう。
しかし、元々が、無名の市井人だ。
失ったものは、ほとんどなかったのではあるまいか。

盗作の意図はなくても、たまたま似てしまうことはある。
短詩形では、ことに起こり得る。
元々少ない字数で、完結する文学だから。

似る。
似てしまう。
これは音楽でも美術でも、起こり得ることではないか。
実作者は、同時に、観察者でもある。
ふと見た他人の作品が、脳裏に残る。
その残像が、創作に影響を及ぼす。
ということは、ままあるのではあるまいか。

 * * *

東京五輪のエンブレムが、問題になっている。
アルファベットを図案化する。
それは案外に、狭い領域での作業ではないか。
そこで、似てしまうというのは、避けられない宿命ではないか。
私は作者に対し、同情を抱いていた。

そうしたら、事態が転変した。
他にも剽窃があった。
これこの通りと、世間が暴露した。
盗用ではない、“トレース”だと、作者は主張するけれど、
同じことだ。
こうなると、一事が万事ということになる。
エンブレムにかかる影が、より濃くなってしまった。

私は実は、若い頃の一時期、短歌をやっていた。
その経験から、一つだけ、自信を持って言えることがある。
故意の盗作など、出来ないものだ。
それをやったら、自分自身を否定することになる。
そもそも、創作をやる意味がない。

但し、そこに金銭が絡んだ場合は、どうなるか。
名誉を得られるとなったら、どうなるか。
宮中歌会始めの、盗作者の例もある。
人間の弱さというものを、思わないわけには行かない。

歌を作る。
短詩形は、その短さゆえに難しい。
しばしば苦吟を強いられた。
あの頃がなつかしい。
その苦吟の中にこそ、人生があった。

今の私は、冗長な散文を書いている。
苦吟することは、もうほとんどない。
その分、人生が甘くなっている。
そんなような気がしてならない。

 * * *

中学の先生方は、ほとんどがもう、物故されている。
数学の先生も、とうに旅立たれたと聞いている。
先生には、感謝している。
喩え話を用い、数学をわかりやすく教えて下さった。

しかし残念なことに、「順列」も「組み合わせ」も、
実社会で応用することはなかった。
ついぞなかった。
ただ、そういう数式があることを、知っただけである。

一方で「杞憂」は、随分と使わせてもらった。
その「杞憂」を、国語の先生ではなく、
数学の先生から教わったのは、多分、私達くらいであろう。



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大物の証明

パトラッシュさん

我太郎さん、
エンブレムは、今後の推移が、見ものになって来ました。
取り消しても、このまま押し通しても、どちらも荊の道でしょう。
IOCもJOCも、悩ましいところです。

盗作されるくらいの作品を残せれば、それは大したものだということになります。
しかし、凡人には、無縁の盗作騒ぎです。

2015/08/21 21:05:49

悩ましい

パトラッシュさん

タンポポさん、
そういえば、ありましたね、同一句。
人の考えるのは同じことが多いですから、同一句が生まれても、それは仕方ないことなのでしょう。
悪意はなかったにしても、後発者が取り消すことになるのでしょうね。

これも、意匠登録のように、早いもの勝ちということに、なるのでしょう。

同一句を避けるために、格別に奇をてらうのも、変なものでしょうし、悩ましいところですね。

2015/08/21 21:01:48

さていかがなものか?

我太郎さん

世界中が注目する中での盗作疑惑ですが、過去に問題が有ればやっぱりとなるもんでしょう
図案は寸分違わない限り盗作証明は難しく、今更やり直しは出来ないことなんでしょうね
文学、論文、俳句や短歌ではよく盗用や盗作がバレてますが、その物ズバリゆえ言い逃れ出来ないのも有ると思います
俳句では稀にたまたまと言うのは有りえると思います
もし自分の作品が盗用されて入選したら嬉しいことなんですが、そんなこと有りえないのが情けないです

2015/08/21 20:44:32

17文字では

さん

同一句はよくあります。
私もこの一年間で2句ありました。
どちらも私が先発だったのですが・・・。
たいした句ではありませんが、師に申し出て
次号で取り消してもらいました。

同一句=凡句ということですね(^_^;)

2015/08/21 19:40:29

充実の時間でした

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
よく頑張りましたね。
十二万字と一口に言っても、実際に書くのは至難のことです。
結果はわかりませんが、その成し遂げたこと自体を、誇りに思ってよろしいでしょう。
人生の中で、それだけ打ち込んだ時間を持った。
持てたということは、やはり素晴らしいことなのですから。

2015/08/21 15:39:46

教育方針

パトラッシュさん

喜美さん、
数学がお好きでしたか・・・
聡明な喜美さんのこと、数学も出来た・・・だったのでしょう。
お父様の教育方針も、ユニークでしたね。
受験と言うことを考えなければ、それで良いのですからね。

2015/08/21 15:34:27

書き過ぎ

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
今回は確かに、いろいろな話を、詰め込み過ぎました。
本題は、エンブレムだったのですがね・・・
前置きを書き、自分の経験を書いているうちに、つい長くなりました。
私の最大の問題点です。

2015/08/21 15:31:01

パトラッシュさん

風香さん、
それはまた、愉快な先生ですね。
数式が一つではない。
というところまではいいですが、その先の力道山の話になると、確かに???です。
その先生なりに、筋は通っていたのかもしれませんが・・・

2015/08/21 15:27:41

縁は不思議なものですね

パトラッシュさん

COSMOSさん、
それは、よくぞつながった、不思議な御縁でしたね。
ただでさえ、中学時代の先生は、記憶に残るもの。
その先生を忘れることは、ありませんね。

2015/08/21 15:24:33

身につまされます

さん

杞憂、この夏は、罹ってもいない肌の病に悩まされました。
正に杞憂です。
苦吟、短詩ではないけれど、創作に苦しみました。

新作のタイトル、話の内容から決めたのですが、似たタイトルがネットで二つ見つかって、でも、オリジナルなんだと呟き。
他の二つの作品名は、まずあるまいと安心しました。

私は、偶々、似たデザインが世界中を探せば出て来るのでは?と思っています。
世界中の物をチェックするのは大変ですもの。

でも、歌会始めに盗作は、考えられません。
人の物で受賞して、何が嬉しいのか?

我が数学の先生は親父ギャグは言えても、そんな楽しい話はしてくれませんでした。
しかし、人柄はよかったです。
懐かしく思い出しました。

2015/08/21 14:08:46

思いで

喜美さん

全部読んで 唯数学の先生思い出しました
数学が好きなせいもあってか
先生に好かれた

父の教育が他から見たら変。
商売は数学が出来ないと駄目だ
暗算が出来れば他は良い そんな人。
歴史と地理は本調べればすぐわかる
歴史を暗記していたらお前たちの子供はお前の30年も余計覚えなければならない そんな父も思い出しました

2015/08/21 13:05:05

記憶の面白さですね。

シシーマニアさん

沢山テーマのある内容ですが・・。

「杞憂」についてのお話は心に残りました。数学の先生から学んだという、最後の件。
それはきっと、生徒がわでいらした師匠の姿勢でしょうね。
何が、その人の記憶力の中に爪痕をつけて、そして根付かせていくのか・・。選択するのは、本人ですものね。
現実よりも、過去がはるかに大きくなった昨今、何かをきっかけにして思い出す事が多々あり、記憶に残っていく過程の面白さを感じていました。
盗作問題に関しても、師匠の表現はいつも思いやりがありますね。

2015/08/21 11:05:36

ん・・・

さん

・・ただ、それしか声になりません。

中学生の頃の話って覚えっているものですね。
やはり、数学の漫談語り授業で先生が「この答えを出す数式はひとつでは無い。何でも一つしか知らないとだめだ。力道山をみなさい。空手チョップでだけで闘うから、刃物で殺された」と。
いまだに数式と力道山の因果関係不明です

2015/08/21 10:58:56

国語の先生

COSMOSさん

中学校三年生の時の担任は国語の先生でした。卒業まぎわに大怪我をして大変迷惑をかけた先生ですがいまだに元気でおられます。
縁とは不思議なもので私の妹もその先生が担任になり、妹の子供も担任になりました。
数学の先生から「杞憂」を教わったのは奇遇でしたね。何かの縁ですね。

2015/08/21 10:52:02

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